未練なんてありませんが?

 アシュベリー子爵令嬢が捕らわれている貴族牢へ入る。
 貴族牢は、簡素な部屋だ。といっても、平民の家の部屋よりも豪華なくらいだ。そして、捕らえられているとはいえど、身体の自由はきく。
 彼女は椅子に座り、窓の外をぼんやり眺めていた。

「クララ=アシュベリー子爵令嬢」

 王太子殿下の声に、彼女はのろのろと反応する。
 そして、女性騎士に指示されるまま、私たちと向かい合う形で再度腰を下ろした。

「事情を聞かせてもらえるか」

 アシュベリー子爵令嬢は、瞳を伏せたまま深く一礼し、ぽつりぽつりと話し始める。

「私は……ジェイク……ジェイク=ムーア伯爵令息のことを、心から愛しているのです……」

 そんな一言から始まった彼女の話は、哀れを誘うものだった。

 彼女もまた私と同様に、婚約者がポーリーン殿下の専属護衛になった頃から関係がおかしくなっていったそうだ。
 それまでは、友好な関係を築いていた。なのに、次第に蔑ろにされるようになった。

『王女殿下の言うことが全て優先されるのはおかしい』
『婚約者を軽視することは、家と家との関係も軽視すること』
『ポーリーン殿下の命令は、専属護衛騎士の仕事から逸脱している』

 彼女は何度もそう訴えたそうだが、当然の主張である。
 なにせ、ポーリーン殿下の命令は、本当に無茶苦茶だったのだ。そのほとんどに緊急性はなかった。だから、婚約者との約束を反故にしてまで、彼女の命に従う必要などなかった。

 それに、ポーリーン殿下は学生の頃から意地の悪いところがあった。
 わざと婚約者や恋人のいる男性に近づいて篭絡し、仲を裂くということも多々あったのだ。
 今回の件もそう。彼女は、婚約者のいる騎士をあえて自分の専属にすることに、何の躊躇もなかった。そして、彼らを思うまま振り回すことも。
 それに、私たちも散々振り回された。
 私はフランシスに対して愛想が尽き、関係を諦めてしまったけれど、彼女はそうじゃなかった。

 アシュベリー子爵令嬢のムーア卿に対する想いは、途轍もなく強いものだった。話を聞いていると、私にはそれが激しい執着にも思えてしまう。
 そんな彼女だから、ポーリーン殿下についてグランデ王国に行くと言うムーア卿と関係を切ることはできなかったのだ。
 彼女は、「待つ」選択をした。しかし、これが大きな間違いだった。

「彼は私が逆らわないのをいいことに、私をいいように使っていました。彼のためだと言いながら、それは全てポーリーン殿下のためだったのです……。さすがにもう……嫌だと。何度も彼に言いました。それでも、彼が私に甘い言葉を囁いてくれる度に期待してしまい……結局、抗えなかったのです……」

 ポーリーン殿下は、あの夜会で新しいオマリー絹(シルク)が国王ご夫妻に献上されることを知った。
 自国にいた時も、一番最初に献上されたのはグローリア殿下だった。自分が一番じゃないことに臍を曲げ、彼女はオマリー絹(シルク)を馬鹿にしていたけれど、今度のものは色も鮮やかだという。彼女は、何が何でも手に入れたいと望んだ。

 それを聞き入れたのが、ムーア卿だった。
 彼はアシュベリー子爵令嬢に、何とか新オマリー絹(シルク)を手に入れるように命じた。
 エイベラル王国でも手に入れるのが難しいというのに、無理だと訴えたが何とかしろと言うばかり。
 そこで、彼女はとにかく情報を集めまくったそうだ。何とかして、新オマリー絹(シルク)を手に入れるために。

 そんな時、ムーア卿からオマリー絹(シルク)の秘密を手に入れたと連絡があった。
 彼は、手に入らないなら作ればいいと考えたようだ。
 どこからその情報を手に入れたのかはわからないが、オマリー商会と契約している染色工房の見習い職人を引き抜き、彼らから秘密を聞き出した。
 ルアンスパイダーの糸を清水で洗浄すること。これが、あの光沢と虹色の秘密である。
 彼はアシュベリー子爵令嬢に命じ、そのようにして織ったオマリー絹(シルク)を送るようにと命じた。

 彼女は冒険者ギルドにルアンスパイダーの糸の収集を依頼し、手に入れることに成功。清水で洗浄した後、職人とまではいかずとも腕のいい織物職人見習いを引き抜き、絹を織らせた。それをムーア卿に送る。
 ムーア卿は、アシュベリー子爵令嬢から送られてきたオマリー絹(シルク)を、ポーリーン殿下の指定した色に染めさせた。

 アシュベリー子爵令嬢は、審美眼に優れていた。
 彼女は、作り上げたオマリー絹(シルク)に違和感を持ったそうだ。
 光沢もあるし、虹色も出ている。でも、どこか違う。

 彼女の違和感は、大正解である。彼女が手に入れたオマリー絹(シルク)の秘密には、まだ続きがあるのだ。
 それは、「ルアンスパイダーの糸三本を紡ぎ、一本の糸にする」こと。
 この工程を経ることで、より滑らかな光沢を出せ、艶やかな虹色が現れるのだ。

 彼女は、本物のオマリー絹(シルク)を目にしたことがあった。だから、一本の糸で織られた絹に違和感を持ったのだ。
 しかし、彼女はそれをムーア卿には知らせなかった。
 ムーア卿や、ポーリーン殿下が気づくだろうと思ったのではない。

「きっと彼らは気づかない。本物とは違うあの布を、本物だと思い込む。だって、光沢も虹色もあるのだから」
「だが、オマリー伯爵令嬢も参加するあの夜会で、ポーリーンのドレスが偽物のオマリー絹(シルク)で作られたものだとバレたら、大変なことになるとは思わなかったのか?」
「思いました」
「その後、ジェイク=ムーアの立場も悪くなるとは?」
「ええ、彼は立場をなくすでしょう」

 彼女は、全てを承知していた。わかっていて、あえて隠したのだ。

「これ以上、彼がポーリーン殿下に尽くせないよう……そうしたのです。それに……」

 アシュベリー子爵令嬢は、悩ましげに一つ、吐息した。

「ポーリーン殿下に大恥をかかせたかったのですわ。そして、私は彼女が転落する様を見届けたかった。だから、グランデ王国までやって来て、こんな格好をしてまであの夜会に潜り込んだのです」

 アシュベリー子爵令嬢のムーア卿への想い、そしてポーリーン殿下への恨みは、私たちの想像を遥かに超えていた。

 儚げな見た目にそぐわず、その執念とも言える想いの強さが恐ろしい。
 そして、途方もない悲哀を感じた。