未練なんてありませんが?

「シリル、もう一つ聞きたい」
「はい、兄上」
「オマリー伯爵令嬢の危機に、お前は直接関与していないと言った。なら、どうしてあんなことになっていることがわかったんだ?」

 これについては、私は当事者だからさっぱりわからない。
 フランシスに襲われると思って必死に抵抗していたら、いつの間にか皆が大集合していて、いの一番にポーリーン殿下が駆け込んできたのだから。本当に意味がわからない。

 シリル殿下は私はチラリと見遣ると、ふわりと表情を和らげた。

「オマリー伯爵令嬢も、訳がわからず戸惑っただろう。これも、私から説明しよう。……会場から退場させたポーリーンに付き添って別室に向かっていたんだが、その時にあの護衛がおかしな動きをしているのに気づいたんだ」
「おかしな動き……ですか?」
「そう。落ち着きがなく、視線を彷徨わせていた。皆の隙を窺っている感じだったよ」

 その時のポーリーン殿下は、相変わらず文句を喚き散らしていたそうだ。だから、彼女はフランシスの不審な様子には気づいていなかった。
 そこで、シリル殿下はわざとポーリーン殿下の注意を引いたらしい。……フランシスが動きやすいように。

「シリル! やはりお前の差し金じゃないか!」
「違うって! 彼がオマリー伯爵令嬢のところへ行くだろうとは思ったけど、普通に話し合いだと思ったんだよ! まさか、実力行使するとは思わないじゃないか!」

 シリル殿下の目が、若干涙目になっている。なんだかんだ言っていても、お兄様には弱いらしい。

「あの馬鹿が実力行使に出ることくらい、予想できなくてどうするのさ」

 王太子殿下とシリル殿下が言い合っているこのタイミングで、エヴァンがポソリと毒を吐いた。

 今なら誰にも聞こえないと思って……エヴァンったら。

 私はエヴァンの方を見て、軽く睨む。エヴァンはというと、にこりと笑ってどこ吹く風だ。
 ついでに「王太子殿下の右腕なんて言われていても、人を見る目はまだまだのようですね」なんてことも呟く。

 聞こえたら不敬よ、不敬!

 冷や汗ダラダラものである。

「……あの護衛が姿を消した後、もうひと騒動起こしてもらおうと、ポーリーンを焚きつけたんだ。それに、彼女が乱入したら、オマリー伯爵令嬢だってその場から逃げだせるだろう? で、私は彼らのやらかしを見に行こうとしたんだけど……」

 シリル殿下は、人目のつかない場所で私とフランシスが話し合っているというか、言い争っているだろうと思っていたらしい。
 フランシスは、自分も退場した手前、会場近辺をウロウロするわけにはいかない。私を呼び出した後は外を選ぶと思っていたシリル殿下は、中庭など外側を中心に探したそうだ。
 でも、私たちはどこにもいない。

「あの時は本気で焦ったよ。話し合いとはいえ、万が一、オマリー伯爵令嬢が傷つけられるようなことがあればと……」
「その万が一が起こってしまいましたね。姉の心身には傷が残りました」
「エヴァン!」

 ついにエヴァンが口を挟み、私は大慌てで彼の口に手をやった。
 しかし、エヴァンは止まらない。

「未遂とはいえ、大の男に襲われて、どれほど恐ろしかったことでしょう」
「いえ、あの、私はっ……」

 ああ、もう、エヴァンったらーーー!

 実際、すごく怖かった。
 彼の力に捻じ伏せられた私は、このままいいように蹂躙されてしまうのだと思った。
 悲しくて、悔しくて、どうにかなってしまいそうで……。

「そうだね。これは、完全に私の手落ちだ。何の申し開きもできない」

 しゅんと肩を落とすシリル殿下。
 全然平気です、なんてまだ言えないけれど、どうにか助けられたのだし、私としてはこれ以上責めるつもりはない。
 それよりも、見当違いな場所を探していたシリル殿下が、どうしてあの場所に来られたのか。そして、他の人たちも。それが知りたい。

「すでに殿下からの謝罪は受け入れております。それよりも……話の続きをお願いできますか?」
「わかった」

 シリル殿下が頷き、再び話し始める。
 そこで、驚くべき事実が判明した。

「あるメイドが、オマリー伯爵令嬢が護衛に休憩室に連れ込まれたと、私に伝えてきたんだ」
「メイドが……目撃していたんですね」
「正確には、メイドではない。メイドに扮した令嬢だ」
「え……?」

 メイドに扮した令嬢? え? 令嬢が?

 どうして令嬢がメイドの格好をしていたのだろうか。何のために?
 首を傾げている私に、更なる情報が上乗せされる。

「彼女は、クララ=アシュベリー。ポーリーンの護衛のうちの一人、ジェイクといったか、の婚約者だよね」

 ここで、叫ばなかった自分を褒めたい。
 というか、声なんて出せなかった。それほどまでに驚いてしまったのだ。

 クララ=アシュベリー子爵令嬢は、フランシスと同じく、ポーリーン殿下の専属護衛騎士であるジェイク=ムーア伯爵令息の婚約者だ。

 私は婚約解消したけれど、彼女はしなかった。
 それほどまでにムーア卿を愛しているのだろうけど、なんて悲しいのだろうと、切なくなった。
 ムーア卿も、ポーリーン殿下に心酔している。いつも彼女を優先し、婚約者を軽んじていた。
 それでも、アシュベリー子爵令嬢は、彼との繋がりを断ち切れなかったのだ。

 でも、どうして彼女までグランデ王国に来ていたのだろう?
 それに、メイドに扮していたとは、いったい……?