未練なんてありませんが?

 その後、夜会については国王ご夫妻に任せ、私たちはとある一室に集められていた。
 私、エヴァン、お父様にお母様、それにグローリア殿下にウィリアム殿下、そしてシリル殿下。
 後始末を任されたのは、王太子殿下である。妃殿下は、国王ご夫妻とともに夜会に戻られている。

 全員が席につき、お茶が配られたところで、王太子殿下が口を開いた。

「さて、シリル。一から説明してもらおうか」

 彼は、シリル殿下をギロリと睨みつける。しかし、シリル殿下はものともせず、肩をひょいと竦めた。
 なかなかの強心臓だ。

「ちょっと待って、兄上。オマリー伯爵令嬢に話を聞くのが先だろう?」
「あれは、お前が仕組んだのでは?」
「誤解だよ! オマリー伯爵令嬢をあんな目に遭わせる気なんて毛頭なかった! 言い合いくらいにはなっているかと思っていたけれど、あの護衛があんな馬鹿な真似をするとは思わなかったんだ。……オマリー伯爵令嬢、本当に申し訳なかった。このとおりだ」

 シリル殿下が、私に向かって深く頭を下げた。

「い、いえっ……あの……ですが、シリル殿下が何か……動かれていたのでしょうか……?」

 私は、恐縮しながらもそう尋ねる。
 危険な目に遭った立場からすると、何か裏があったのならば知りたい。知る権利があると思った。
 すると、シリル殿下は眉尻を下げ、小さく頷く。
 そして、全てを話し始めた。──彼らが仕組んだ、ある計画を。

 事の発端は、ポーリーン殿下の奔放すぎる行いだった。
 両親と第二王子に存分に甘やかされていた彼女は、物の道理を弁えないとんでもない我儘王女に育ってしまった。
 王女教育も中途半端なままだし、豪華なドレスに宝石、夜会にお茶会、観劇と、贅沢にしか興味がなかった。
 いや、もう一つある。

「一国の王女ともあろう者が、見目麗しい男性ばかりを侍らせ、得意になっているなど……恥以外の何物でもない」

 そう言ったのは、グローリア殿下だった。隣で、ウィリアム殿下も忌々しげに頷いている。
 ──策略に加担していたのは、シリル殿下だけではなく、彼らもだったのである。

「計画を立てたのは、私と兄のテレンスです。そして、姉のグローリアも力を貸すと請け負ってくれました。そこで、私たちはポーリーンの排除に動いたのです。……といえど、彼女が心を入れ替え、王子妃としてきちんと務めを果たしていれば、この国でそれなりに幸せに暮らせたのでしょうが……」

 ウィリアム殿下が、疲れたように吐息を漏らす。
 後は、シリル殿下が引き取った。

「でも、王族を簡単に排除できるはずもない。彼女は、両親の庇護という強くて大きな傘の下にいた。だから、彼らはポーリーンをそこから引き離すため、他国へ輿入れさせることにしたんだ。私は、それに協力した」
「シリル……」

 王太子殿下が肩を落とす。
 彼には、シリル殿下の意図がすでにわかっているのだろう。
 シリル殿下はそのまま続ける。

「テレンスから相談があった時、これは私にとってもいい機会だと思った。ちょうど、周りから結婚をうるさく迫られていてね、どうしたものかと頭を悩ませていたんだ。……相手は、ポーリーン=エイベラル。これ以上ないと思った。彼女と婚姻すれば、いずれ破綻するのは目に見えていたからね」

 私は、大きく目を見開いた。

 最初から、離縁前提での輿入れだったなんて。
 ちょっと気の毒かも……。

 と思っていたのだけれど、エヴァンに肘でつつかれ、ハッと思い直す。

 ううん。彼女は、王女としての品位に欠けていたわ。婚約者のいる男性までも側に置いて……関係を持っていた……のよね。シリル殿下がそう言っていたもの……。
 それに、彼女はオマリー絹(シルク)を貶めた。偽物を買わされたと言っていたけれど、あれは嘘よ。人を使って職人見習いたちを引き抜いて、秘密裏に作らせた。彼女自身が偽造したと言えるわ。そんなの、絶対に許せない。……許せるはずがない。

「ウィリアム殿下の言ったとおり、ポーリーンがおとなしくしていれば、そして、連れてきた専属護衛騎士たちを帰国させていれば、婚姻は継続せざるを得なかった。この場合は、私の負けだね。そうなったら、観念して彼女とそれなりの関係を築けるよう、努めていたよ」
「だが、お前には勝算があったのだろう?」
「はい、兄上」

 話の流れからすると、シリル殿下はどうしても結婚したくなかったのだろう。
 でも、王子がいつまでも独身でいるわけにはいかない。周囲も急かしただろうし、様々な令嬢をあてがっただろう。
 彼は、思い悩んでいた。そんな時、問題児との婚姻話を持ち掛けられたとしたら……
 喜んでその話に乗る。私でもそうする。だって、相手は問題児、何かしらやらかすに決まっているのだから。上手く動けば、それを瑕疵にして離縁することも可能だ。

 シリル殿下は……最初からこれを狙っていたのだ。
 周囲の要望を聞き入れ結婚はしたが、破綻した。この事実があれば、それ以上は何も言えない。永遠ではないだろうけれど、もうしばらくの間、少なくとも数年間は自由でいられる。
 そしてエイベラル側は、この婚姻が継続しようが破綻しようが、どちらでもよかった。ポーリーン殿下を国から出せれば、それでよかったのだ……。

 非情なようだけれど、それだけのことをポーリーン殿下は自国でしていた。
 テレンス殿下にグローリア殿下、それにウィリアム殿下は、これから先のエイベラル王国を考え、彼女を切り捨てたのだ。

 この決断に至るまでには、様々な葛藤があっただろう。問題児とはいえ、血を分けたきょうだいなのだから。
 矯正しようといくら努力しても、彼女は一向に変わらなかった。その度に、両親や第二王子が甘やかしてしまうから。
 こうなってしまったのは、ポーリーン殿下自身と、エイベラル国王陛下に王妃殿下、ヨハン第二王子殿下の自業自得といったところだろうか。