未練なんてありませんが?

「夫の前で不貞を働くとは、大胆不敵だね」
「シリル! どうして……」

 声のした方を見ると、なんとそこにはシリル殿下が立っている。
 その後ろには、グローリア殿下、それにウィリアム殿下の姿もあった。その奥には、両親の姿まで……。
 ポーリーン殿下は唖然としていた。
 もちろん、私もだ。

 全員勢揃いじゃないの……。しゅ、修羅場だわ。

 内心で冷や汗をかいていると、エヴァンが私を抱いたまま部屋の隅に移動する。
 そして、シリル殿下以下、他の皆が続々と部屋の中に入ってきた。

「シ、シリル……あの、これは違うのよ。その……け、敬愛の意味なの。それでキスしただけ。他意はないのよ!」
「グローリア殿下、ウィリアム殿下にお聞きしたい。エイベラルでは、敬愛の気持ちを表す時、唇に口づけるのだろうか」
「いえ、そのようなことはございません」
「決してありえません」

 シリル殿下の問いに、グローリア殿下とウィリアム殿下が揃って否と答える。
 ポーリーン殿下は焦ってあれこれと言い募るけれど、それらは全く意味をなさない。
 決定的瞬間を見られてしまったのだから、もう弁解のしようがないというのに、悪足搔きするところは彼女らしい。

「言い訳しなくてもいいよ。わかっていたから。君と君の護衛たちとの距離は、最初からおかしかった。調べさせると、全員と関係があるというじゃないか。さっき君は、オマリー伯爵令嬢に向かって、破廉恥だの、ふしだらだのと言っていたけれど、全部自分のことだよね」
「そんなっ……酷いわ、シリル!」
「酷いのはどちらだろう?」

 ポーリーン殿下は俯き、その手はドレスをぎゅっと握り締めている。

「だって……だって、あなたは妻である私を全然構ってくれなかったじゃないの! 結婚するまではあんなに優しかったのに、結婚してからは私を避けていた。私、とても淋しかったわ。だから……その淋しさを紛らわせようとっ……!」

 ポーリーン殿下が両手で顔を覆う。身体は小刻みに震えており、その姿は憐れみを誘う。
 ──ここだけを切り取れば、の話だが。
 ここにいる皆は、彼女がどのような人物であるかを知り尽くしている。だから、誰も同情などしない。現に、シリル殿下の表情も「無」である。

「護衛たちとの距離感がおかしかったのは、最初からだと言っただろう? ……夜会の最中といい、今といい、君はつくづく騒動を起こすのが好きなようだ。だが、その後始末はきちんとつけてもらう」
「……違う。違うわ! オマリー絹(シルク)は騙されて買わされたのだし、今だって、ニコラがフランシスを襲っていたのよ? 私はフランシスを助けただけなの!」

 いやいや、あの場面を見てそう思ったのはあなただけですから!

 心の中でそうつっこんだのは、きっと私だけではない。

「一応だけれど、聞いておこう。オマリー伯爵令嬢、不快にさせて申し訳ない。ポーリーンの言うことは事実だろうか」
「いえ、偽りです。私が彼に襲われていたのです」
「嘘よ! この大嘘つき! お前がいるからうまくいかない! お前なんてこの……」
「黙れ、ポーリーン」

 静かだけれど威圧感のあるその声に、ポーリーン殿下は思わず口を閉じる。

「これ以上、彼女を愚弄することは許さない。……オマリー伯爵令嬢、本当に申し訳ない」
「いえ……」

 見た目は童話の中から飛び出てきたような、美しく優しげな王子様だというのに、いざという時のこの威厳と迫力が半端ない。
 さすが、グランデ王国王太子殿下の右腕と言われているだけはある。

「シリル殿下、エイベラル王国を代表して、私からも謝罪させていただきたい。我が愚妹が迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「私も謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした。心よりお詫び申し上げます」

 グローリア殿下とウィリアム殿下が揃って低頭する。

 姉と弟にこんな真似をさせるだなんて……。
 私はポーリーン殿下をチラリと見遣ったけれど、彼女にまだ反省の色は見られない。

 シリル殿下は二人の謝罪を受け取り、また自分も頭を下げた。

「私も夫の身でありながら、彼女を止めることができなかった。不甲斐ないばかりだ」

 そして、彼は意を決したようにポーリーン殿下に向き直る。

「詳細はまた改めてとなるが、一つだけ確定していることがある」

 ポーリーン殿下が、ビクッと肩を震わせた。
 シリル殿下はゆっくりと、言い含めるように、こう告げる。

「ポーリーン、君とは離縁する」

 彼女はヒッと小さな悲鳴を上げ、その場にへなへなと崩れ落ちたのだった。