未練なんてありませんが?

 私は振り返り、お父様にお母様、そしてエヴァンの顔を見る。その場には、グローリア殿下もいた。
 そこにいる全員が、ゆっくりと頷く。
 私は、覚悟を決めた。

「オマリー絹(シルク)の製法は、門外不出となっております」
「あら、盗んだわけじゃないわよ? 秘密の技術といっても、研究するのは構わないはず。それに、秘密はどこからか漏れるものなのよ」

 盗んだも同然のくせに、ふてぶてしいにも程がある。
 これなら、今から私がすることに対しても罪悪感を抱かずに済む。ありがたい話だ。
 私は小さく深呼吸し、真実を暴露した。

「恐れながら申し上げます。ポーリーン殿下は、オマリー絹(シルク)の技術を手に入れておりません」
「はぁ? 何を言うの! 私は同じ製法で作った絹で、このドレスを仕立てたのよ!」
「同じ製法ではございません」
「なっ……」

 ポーリーン殿下はキッと私を睨みつけ、ドレスを翻してみせた。

「御覧なさいよ! この美しい光沢を! それに、光に反射して虹色が出ているでしょう? これは、正真正銘のオマリー絹(シルク)よ!」

 どうだと言わんばかりの彼女の表情に、私は痛ましげな視線を向ける。

「いいえ。それは、オマリー絹(シルク)ではございません」
「なんですって!?」

 会場全体が、水を打ったように静まり返った。

「オマリー伯爵令嬢、どういうことか説明してもらえるか」

 若干掠れた声で、国王陛下が後を促す。
 私はそれに首肯し、皆にもわかるように、献上したものの一本をこちらに戻してもらった。
 それは、ポーリーン殿下のドレスと似た、赤色のオマリー絹(シルク)。
 私は、それを大きく広げてみせた。──ポーリーン殿下のすぐ隣で。

「おぉ……これは……」
「ここから見てもわかるぞ。明らかに違っている」
「比べてみると、よくわかるわね」

 静かな会場が再びざわめき出す。
 貴族や商人たちの声が、ここまで聞こえてくる。

「そんなはずっ……」

 ポーリーン殿下は、自分のドレスと私の持っている布とを見比べる。何度も何度も目線を動かしながら。

「い、色は、少しくらい違っていても当たり前じゃない! この布とは違う赤なのよ!」
「いや、それだけじゃない」

 シリル殿下が前に出て、なるほどと言ったように頷いた。
 先ほどは妻を庇った彼も、もうそれは諦めたようだ。開き直ったように、二つをよくよく見比べている。

「それだけじゃないって、どういうことよ!」
「都合が悪くなるとすぐに癇癪を起こす。君の悪い性分だね。よく見てごらん、光沢も違うし、虹色だって違う」

 シリル殿下の言うとおりである。
 光沢は、偽物の方はぼんやりとしている。そして、虹色も曖昧だ。これは、比べてみて初めてわかるものだろう。
 もちろん、私たちなら比べなくてもすぐにわかる。
 色味については、二つが全く同じ色ではないことから、ポーリーン殿下の言うことは間違いではない。けれど、光沢と虹色を見れば、彼女のドレスが偽物で仕立てられたことは明白だった。

 ……染色も、ちょっと荒いところが見られるけどね。

 工房を辞めた染色職人の見習いたちは、そこそこの腕があった。淡い色はまだまだでも、濃い色なら職人並みと言えるほど。
 でも、やはり見習いは見習い。本物の職人には敵わない。これだって、見る人が見ればわかることだ。

「……っ」

 ポーリーン殿下は、悔しげな表情で黙りこくる。
 ここで「同じだ」と言えば、自らの審美眼が疑われることになるし、今更違っていると認めることもできない。
 そして、皆はもう彼女が間違っているとわかっている。

 ──前にも後ろにも進めない。

「再び惑わせてしまって、本当に申し訳ない。ポーリーンは疲れているようだ。彼女はすぐに下がらせよう。……シリル」
「かしこまりました」
「私はっ……!」

 どうにか反論したくても、その余地がない。
 ポーリーン殿下は、シリル殿下に引きずられるようにして夜会から退場する。
 彼女の護衛たちも後に続く。その背中には、哀愁が漂っていた。