未練なんてありませんが?

「あははははは!」

 辺りに響き渡る、突然の笑い声。
 皆は、一斉に声のする方を向く。
 そこにいたのは、シリル=グランデ第三王子殿下だった。ポーリーン殿下の夫である。

 見た目にそぐわず、豪快に笑う方なのね……。

 艶やかな黒髪に、鮮やかな碧眼が目を引く。全体的に線が細く中性的で、とにかく美しい人だ。まるで、神が丹精込めて造り上げたかのように。
 これほどの容姿なら、ポーリーン殿下が喜び勇んで輿入れしたのも頷ける。
 でも今は、そんなイメージをぶっ壊すかのごとく爆笑していた。

「シリル」
「……失礼いたしました、陛下。そして、この場にいる全ての方に謝罪しましょう。私の妻があまりにもおかしな冗談を言うもので、つい」

 その言葉に、会場の雰囲気が和らぐ。
 「なんだ、冗談か」「驚いた」「本気にしてしまいそうになったよ」と、そんな言葉が耳に入ってくる。
 ただ、私の目の前にいるポーリーン殿下の眉は吊り上がり、細い身体がワナワナと震えていた。

「冗談ではっ……」
「ポーリーン、君の前にいるのは誰だ? ニコラ=オマリー伯爵令嬢だよね。オマリー絹(シルク)を生み出し、世に広めた功労者だ。先ほどの君の言は、そんな相手を貶めるものだろう。……やはり、君はこの場に相応しくない。私も一緒に行くから、もう下がろう」

 ポーリーン殿下の叫びを途中で制し、シリル殿下が小声で囁く。
 それは凄みを帯びており、有無を言わせない迫力があった。ポーリーン殿下を黙らせられるのだから、たいしたものである。
 皆には聞こえていないけれど、ここにいる私と王族の皆様には聞こえている。
 ポーリーン殿下はきょろきょろと視線を彷徨わせるが、助け舟を出す者などいない。

「ポーリーンは、この華やかな雰囲気にはしゃいでしまい、思わぬことを口にしてしまったようだ。私からも謝罪する」

 なんと、国王陛下まで謝罪し、先ほどのことをなかったことにした。
 こうなると、ポーリーン殿下にはどうすることもできない。
 普通なら、ここで引き下がるだろう。しかし、彼女は普通ではなかった。
 ここで止めておけばよかったと、後で死ぬほど後悔するようなことを叫んだのだ。

「思わぬことではありませんわ! 私のこのドレスは、新しいオマリー絹(シルク)で仕立てたものですのよ。献上されたものと同じ、この鮮やかな色が証拠ですわ!」

 確かに、ポーリーン殿下のドレスの色と同じような鮮やかな赤も献上した。
 でも、と私は内心で愚痴を呟く。

 赤は赤でも、全然違うわ! 一流の職人が染めた赤と、見習いが染めた赤を一緒にしないで。それに、布そのものが偽物なんだからね! 

 その間にも、ポーリーン殿下は自分のドレスについて、そして手に入りづらい新オマリー絹(シルク)を仕入れた自らの功績を朗々と語っていた。
 そして最後に、こう繰り返す。

「私を通してなら、オマリー絹(シルク)がすぐに手に入るのよ!」

 そして、更に恐ろしいことを言い放った。

「オマリー商会を通す必要なんてないわ。同じ製法で作られたものなら、他から買っても同じでしょう? 私は、オマリー絹(シルク)の製法を手に入れたのよ!」

 会場がざわりと揺れる。

 これはもう収拾がつかなそうね。
 ……せっかく、シリル殿下が取りなしてくださったというのに。