未練なんてありませんが?

 国王陛下ご夫妻を先頭に、王太子殿下ご夫妻と第三王子殿下ご夫妻が後に続いて入場してくる。王族の入場に、皆が頭を垂れていた。
 彼らが王族席につくと、国王陛下が張りのある声で「面を上げよ」と命じる。それを合図に、会場の皆が顔を上げた。

 上げた早々目に飛び込んできた光景に、私は眩暈がしそうになる。ほんの少し揺らいだ身体を、エヴァンが支えてくれた。
 陛下の挨拶が終わり、再び音楽が流れ始める。そうして、会場の雰囲気は元に戻る。

 ──否。
 先ほどの和やかな雰囲気とは明らかに違っている。皆は平静を装いながらも、ある女性をチラチラと盗み見していた。

 あぁ……思い切りやらかしてるわ。
 このような場で、どうしてあんなド派手なドレスを着ているの? 誰も止めなかったの? ……ううん、きっと止められなかったのね。

 この夜会は、ただの夜会ではない。王族からすれば、重要な公務と言えるだろう。

 王妃殿下、王太子妃殿下のドレスは素晴らしい。贅を尽くしながらも清楚で品がある。
 王妃殿下は落ち着いたゴールドで高貴に、そして、王太子妃殿下はコーラルピンクで愛らしく。お二人とも、ドレスのデザインは公務に相応しい伝統的なものだ。
 でも、第三王子妃であるポーリーン殿下は、目の覚めるような鮮やかなレッド。しかも、胸元がこれでもかというほどに開いていて、目のやり場に困ってしまう。
 この場の誰よりも目立つ色、妖艶で奇抜なデザインのドレスを身に纏う彼女は、この夜会の目的を全く理解していない。

「あの悪目立ちはさすがですね」

 ぽそりと呟くエヴァンの言葉は、安定の毒舌。でも、否定できない。
 そういう目で見ているからか、他の王族の皆様の顔色も優れない気がする。
 この後、皆の前で新オマリー絹(シルク)の献上があるのだけれど、大丈夫かと心配になった。

「姉上、気づいておられますか?」

 私は、エヴァンに小さく頷く。
 もちろん気づいているに決まっている。

 ポーリーン殿下のドレスは、一見オマリー絹(シルク)で仕立てられているように見える。
 しかし、本物ではない。

 オマリー商会を介していないからではない。
 あれが偽物であることがわかるのは、おそらく私たちオマリー伯爵家と、グローリア殿下だけだろう。それは、秘匿されているオマリー絹(シルク)の技術を知っているからだ。

「いくら秘密の技術だと言っても、ずっと隠してはおけないわ。早くも外部に流出してしまったのかと思ったけど、どうやらそうじゃないみたいね」
「ええ、安心しました」

 私とエヴァンは顔を見合わせ、僅かに口角を上げた。
 そして、周りの声に耳をすませる。

「ねぇ、第三王子妃殿下のドレス……虹色が出ていない?」
「あら、本当だわ。オマリー絹(シルク)なのかしら? あれだけの発色だと、新しく開発されたものよね……?」
「どういうことかしら? 新しいオマリー絹(シルク)は、今夜国王陛下ご夫妻に献上されることになっていたのではなくて?」
「そうですわよね。もしかして……第三王子妃はエイベラル王国のご出身ですし、先に手に入れられたのでは?」
「だとしても……ねぇ……」

 皆様のおっしゃるとおり。
 仮に先に手に入れられたとしても、今夜この場で自分だけ身に着けるなどもってのほかである。陛下ご夫妻に対して、失礼極まりない。
 エイベラル王国民として、本当に恥ずかしい。私でこれなのだから、グローリア殿下とウィリアム殿下など、穴があったら入りたい心境だろう。

 そして、いよいよ新オマリー絹(シルク)を献上する場となり、私は王族が立ち並ぶ席の対面に立つ。
 私が差し出した献上品を手にした陛下は、感嘆の息を漏らした。王妃陛下も瞳を輝かせていらっしゃる。

「素晴らしい献上品に感謝する。ありがとう、オマリー伯爵令嬢」
「本当に素晴らしいわ。目にしているだけで、心が浮き立つよう」
「両陛下にお喜びいただけましたこと、大変光栄に存じます」

 他の貴族や商人たちも、献上された新オマリー絹(シルク)を食い入るように見つめている。
 貴族たちは早く手に入れたいと、商人たちは仕入れた後の売上を想像しているのか、双方ともに目が血走っているような……。
 そんな中、ポーリーン殿下が一歩前に進み出た。

「以前のオマリー絹(シルク)にはなかった美しい色を出せるようになったみたいね。私は独自ルートで手に入れたのだけど、どうかしら? 美しい光沢に、虹色が浮かび上がっているでしょう?」

 ポーリーン殿下が、ドレスを見せびらかすように軽やかに舞う。その表情は、勝利を確信しているかのように得意げである。そして、意地が悪い。
 私は、彼女ご自慢の護衛たちにそっと目を向ける。すると、目を逸らしている者、うっとりと彼女を崇めている者に分かれていた。

 半数は、ポーリーン殿下からもう気持ちが離れているみたいね。
 さすがに、他国でもやりたい放題な彼女に愛想を尽かしたのかしら?
 グランデ王国には彼女に苦言を呈する者もいるでしょうし、ようやく目が覚めたってところかしらね。

 心の中で、やれやれと溜息をつく。
 おかしなことに、心が離れている者の中にフランシスも混じっていた。

 ……今頃気づいても遅いわよ。

 そんなことを考えていると、ポーリーン殿下がとんでもないことを言い始めた。

「オマリー商会を通してだと、いつ手に入るかわからないわ。私の伝手なら、もっと早く手に入れられるわよ!」

 その言葉に、私は顔面蒼白となった。
 それを見て、ポーリーン殿下の口元がいやらしく歪む。

 彼女は私にしてやったりと思っているのだろうけど、そうではない。
 いや、ある意味そうだけど、そうじゃないのだ。
 ポーリーンの殿下のドレスは、オマリー絹(シルク)とは言えない。偽物なのだ。それを、彼女の手で流通させると宣言したようなもの。

 これが慌てずにいられようか!