未練なんてありませんが?

 王宮のメインホールは、熱気に包まれていた。
 各国の産業振興に関わる貴族や商人たちがあちこちで輪を作り、自国の産業や商売談義に花を咲かせている。

 我がオマリー伯爵家は、各国に支店を持っている。それ故、お父様とお母様は、ずっとあちこちに引っ張りだこだった。
 私とエヴァンも、先ほどからいろいろな人に声をかけられている。……が、それは必ずしも商売に関わることではない。

「あの……私とお話してくださいませんか? オマリー伯爵令息様と親交を温めたいのです」
「いえ、ぜひ私と。私の家は、北のフィールランド公国にて商会を営んでおりますの!」
「私も、ぜひ!」

 エヴァンの周りには、若いご令嬢方がたむろしていた。皆、あれこれとエヴァンの気を引き、二人きりで話したがっている。

 予想はしていたけれど、めちゃくちゃ狙われてるわね、エヴァン……。

 オマリー商会と交流を持つことだけでもメリットがあるのに、次期後継者(本当は私だけれど)の令息を篭絡することができれば、縁続きになれるのだ。
 しかも、エヴァンは見目がいい。頭もいい。ご令嬢方が目の色を変えるのも、無理はなかった。

 とはいえ、私も頻繁に声をかけられている。ご令息もいるけれど、私の方は専らご夫人方がメインである。

「こちらのドレスは、オマリー絹《シルク》ですわね。なんて艶やかで美しいのでしょう! けれど、オマリー絹(シルク)ではこのような色は出せなかったのではなくて?」
「新技術が確立されたのですよね! 私、存じておりますわ。本日、国王夫妻に献上されるのですわよね?」

 新オマリー絹(シルク)の情報は、こちらでも結構知れ渡っている。
 エイベラル王国に親族がいる人もいるだろうし、ご夫人方というのは大抵情報察知能力に優れているものだ。特に、今回の夜会の出席者となればなおさらである。

「それにしても、華やかでありつつ優しい色味ですわね……。ニコラ嬢によくお似合いですわ」
「本当に。それに、デザインも素敵。オマリー絹(シルク)特有の虹色もよく映えて……。エイベラル王国でもなかなか手に入らないそうですが、他国への展開は今後どのように?」
「私も、早く手に入れたいと思っておりますのよ!」

 これについては、本当に申し訳ない話である。
 自国だけで精一杯の状況で、なかなか他国までは手が回らない。
 大量生産できるといいのだけれど、なにせ手間暇がかかる代物なのだ。一つ一つに時間がかかる。その分、出来上がりは素晴らしいのだけれど。

 ご夫人方のお相手に一段落がついたので、私は会場をぐるりと見渡す。かなりの広さがあるので、全体を見渡すのはなかなか骨が折れる。
 でも、お父様にお母様、それにエイベラル王族を代表して出席しているグローリア殿下はすぐに見つけられる。
 というのも、三人とも新オマリー絹(シルク)を身に着けているからだ。

 普通の人はわからないだろうけれど、目利きの人間ならすぐにわかる。
 触れなくても布地の滑らかさは伝わってくるし、光沢も他とは違う。それに、発色も。
 これらは皆、紡績職人、織物職人、染色職人たちの腕によるものだ。
 そして、最高級の布は、最高の技術を持つ仕立て職人たちによって、素晴らしいドレスや礼装に生まれ変わる。
 これほどの逸品を見分けられないようじゃ、次期オマリー商会を率いる資格などない。

 特に、グローリア殿下は目を引く。
 今回のドレスは濃紺で、裾に向かうほど淡い色となるグラデーション仕様。凛々しい顔立ちの彼女を際立たせながらも、優しい雰囲気も醸し出していた。
 しかし、はて、と私は首を傾げる。

「ウィリアム殿下もご出席されているはずだけど……どちらにいらっしゃるのかしら?」

 てっきり一緒なのかと思いきや、そうではなかった。彼女をエスコートしていたのは、騎士団の部下だという。
 入場する前、グローリア殿下と少し話をすることができた。私は、その内容をぼんやりと思い浮かべる。

『愚妹はやらかしてくれたよ。あれのドレスを仕立てた店を特定した。その店にオマリー絹(シルク)を持ち込み、ドレスを仕立てるよう命じた人間がいたとのことだ』
『ポーリーン殿下だったのですか?』
『特定までには至っていない。が、ほぼ確定だろう』
『特定できないとは?』
『店にオマリー絹(シルク)を持ち込んだのは、もちろんポーリーンではない。ならば、侍女かと思いきや、ポーリーンについている侍女ではないようでな。だが、女であったことは確かなんだ』

 ポーリーン殿下の侍女ではなく、他の侍女である可能性もあるにはあるが、それは低いのだという。
 何故なら、彼女はこちらの王宮でも嫌われているから。

 気の毒だけれど、仕方のないところはある。
 なにせ、自国から美形の護衛を五人も連れて来ているし、嫁入りしてからもやりたい放題なのは変わらない。我儘で、横暴で、自分が一番でないと気が済まない。
 そんな人間に関わりたいと思う使用人はいない。彼女専属の侍女たちも、入れ替わりが激しいのだという。

 なら、誰がオマリー絹(シルク)を仕立て屋に持ち込んだのか?

 ポーリーン殿下がそのドレスを着てこの夜会に出席するのは間違いない。
 王族の入場は、もうすぐだ。

 そうこうしているうちに、音楽が切り替わり、高らかにラッパの音が鳴り響いた。
 いよいよ、王族の入場である。
 私は息を潜め、入口の大きな扉をじっと見つめるのだった。