未練なんてありませんが?

 エヴァンと同じ部屋に寝泊まりすることになり、どうしようかと動揺していたけれど、何故かあっという間に眠りに落ちてしまった私。
 寝かしつけまで完璧っていったい……などと思いつつ、ぐっすり眠ったおかげで次の日は快調この上ない。
 グランデ王国に無事入国し、指定された宿泊所に向かってみると、とても立派で建物で、部屋も素晴らしかった。数日だけしか滞在しないのが勿体ないほどだ。
 品がよく、必需品も過不足なく用意されており、とても安らげる部屋。ついテンションが上がってしまった。

「エヴァンの部屋はグリーン系の色で統一されていたけれど、こっちはクリーム色なのね。優しい感じで素敵だわ!」
「使用人の部屋も洗練されていて、とても過ごしやすそうです。中で移動できますし、何かあればすぐにお伺いできるので安心です」

 ナンシーの部屋は私の部屋と繋がっていて、中で行き来ができるようになっている。簡易キッチンもあるようで、お茶の用意も楽だとナンシーが顔をほころばせていた。
 エヴァンの部屋は私の逆隣りで、こちらはもちろん行き来はできない。けれど、すぐ隣なので何かあった時にはこれまた安心である。
 両親の部屋は、私たちのちょうど真上になるとのことだ。

「そういえば、先ほどエヴァン様のところへ使者の方が来ていたようですが……」
「そうなの?」
「はい。お手紙のようなものを受け取っておられました」

 王宮からの連絡? ううん、それなら私の方に来るはず。
 エヴァンの方にということは、もしかしたら……。

「エヴァンの部屋へ行ってみましょう」
「はい」

 私はナンシーとともに、エヴァンの部屋を訪ねる。
 ノックをすると、すぐにエヴァンが顔を出した。

「姉上、今そちらにお伺いしようと思っていました」
「使者の方が来ていたと聞いたわ」
「はい。染色工房からの連絡でした。訪問日の調整をしようと思っていたのですが、あちらはいつでもいいとのことです」

 なるほど。それなら、早い方がいいかもしれない。
 王都の散策もしたいし、お父様とお母様が到着したら、またバタバタしてしまいそうだし。

「そうなのね。なら、早めに顔を出したいと思うのだけど……」
「それなら、今日行きますか?」
「え?」

 私は驚いて目を丸くしてしまう。
 私自身は元気だし、今日行ってもいい……ううん、行きたいとまで思ってしまったのだけれど、ついて行く皆はそうじゃない。だから、早くても明日かな、なんて思っていたから、エヴァンの言葉に驚いてしまったのだ。

 エヴァンは疲れていないのかしら?

 というのも、エヴァンは馬車に乗ってから、時折ぼんやりした顔を見せていたから。
 なんとなく眠そうというか、疲れた様子が見えたのだ。
 昨夜、ソファで寝ることになったものだから、よく眠れなかったのかと申し訳なく思っていたのだけれど、そうじゃないとエヴァンは言っていた。
 私が気にしないよう、そう言ってくれていただけかもしれないけれど。

「今日というのは、突然すぎますか? 今日顔を出しておけば、明日は一日王都巡りができると思いまして。次の日には父上と母上が到着されるので、夜会の最終的な打ち合わせで時間を取られてしまいますし」

 エヴァンも私と同じことを考えていた。

 私はとても嬉しいしありがたいのだけれど、皆は大丈夫なのかしら……?

 そう思って、エヴァンとナンシーを窺う。
 すると、二人ともにっこりと微笑んで頷いてくれた。

「護衛たちも問題ないと思いますよ。声をかけてまいります」
「ありがとう、ナンシー」

 ナンシーが護衛たちの部屋へ向かった後、私はエヴァンの顔を見上げる。

「エヴァン、寝不足なんでしょう? 私はゆっくり眠れたし、すごく元気だからすぐに行けるのは嬉しいけど」
「大丈夫ですよ。姉上の寝顔に見惚れてしまい、つい寝るのが遅くなってしまっただけです」
「え!? そんなにじっくりと寝顔を見てたの? もう! 恥ずかしいじゃない!」
「眼福でした」
「もう~~~~っ!」

 ポカポカとエヴァンを叩くけれど、一向に気にする様子はない。むしろ、上機嫌になっている。

 ……なんで?

「なので、寝不足は寝不足でも、上質な寝不足なのです。だから、問題ありません」
「なにそれ……」

 上質な寝不足とはいったい?

「姉上、準備はどのくらいで?」
「そうね。一時間もあれば」
「わかりました。それでは一時間後、お迎えにあがりますね」
「ええ。エヴァンはそれほど準備に時間はかからないでしょう? ……少しでも休んで」
「はい」

 笑顔で答えながら、きっとそうしないのだろうなと思う。エヴァンはそういう人だ。
 私は苦笑しつつエヴァンと別れ、自分の部屋へ戻ってナンシーを待った。
 数分後、ついて来てくれる護衛を采配し、部屋に戻ってきたナンシーは、早速出かける用のワンピースをあれこれと選び始める。
 私も口を出すことはあるけれど、大体はナンシーにお任せだ。彼女に任せておけば、間違いない。

「こちらにしましょうか」
「いいわね」

 ラフすぎず、綺麗すぎずという絶妙なラインを狙ったワンピース。
 あまりよそいき風にすると、工房の人たちが委縮してしまうだろうし、町娘風にするのも取引先を訪問するのに適さない。
 ナンシーの選んでくれたワンピースはそれらを見事にクリアするもので、上品さは失わず、けれどあまり貴族令嬢らしくないものだ。
 もちろん、あちらは私たちが貴族であることは知っている。でも、私はあまりそれを主張したくないのだ。
 染色工房は、オーナーを含む全員が平民。だから、できるだけ委縮させたくないし、対等でいたかった。

「髪は、編み込んでまとめますね」
「ええ、お願いね」

 工房には様々な器具があり、作業している職人も多くいる。
 顔合わせは別室になるだろうけど、髪とはいえ邪魔になっては大変だ。ワンピースも、もちろんヒラヒラしたものではない。

 ナンシーは、手際よく整えてくれる。
 髪をまとめ、軽く化粧をし、出かける準備ができたのがちょうどいい頃合い。

「姉上、よろしいでしょうか」

 ほら、エヴァンが迎えにきた。
 私とナンシーは顔を見合わせ、クスリと笑みを漏らしたのだった。