未練なんてありませんが?

「オークウッド卿が影響しているのでしょうが、あの方は徹底的に姉上を敵視していますからね」
「それじゃ、アシュベリー子爵令嬢も敵視しているのかしら?」
「アシュベリー子爵令嬢は、あの方にとって敵ではないでしょう。彼女はおとなしく我慢していますし」

 ちょっと待って。私だって我慢していたわよ?

 私が軽く睨むと、エヴァンはひょいと肩を竦める。
 言外に「姉上は違うでしょう?」と匂わせているエヴァン。
 私も彼に倣うかのように肩を上下させた。

「私だって我慢していたけれど、それでもポーリーン殿下は気に入らなかったんでしょうね」

 なにせ、私の背後にはオマリー商会が控えている。それ故、彼女もアシュベリー子爵令嬢ほどは好き放題虐げることはできなかったはず。そんな私が生意気に見えていたのだろう。……つくづく迷惑な話だ。

「というわけで、献上するのは国王ご夫妻のみ、ということでいきましょう。父上にも了承を得ておきます」
「ありがとう。お願いするわね、エヴァン」
「はい。……そうだ、姉上」
「ん?」

 部屋から出て行く間際、エヴァンが私を振り返る。
 彼は私を真っ直ぐに見つめ、柔らかな笑みを浮かべた。

「夜会用のドレスですが、また私に贈らせてくださいね」
「エヴァン……」
「姉上をエスコートする権利は誰にも渡しません。……いいですよね?」

 僅かに眉を下げるエヴァンが、飼い主に甘える犬のように見えてしまう。「お願い、いいって言って」と言わんばかりだ。

 あざといわよ……エヴァン。

 狙ってやっているのはわかっているけれど、絆されずにはいられない。
 エヴァンは仕事上のパートナーで、安心して背中を預けられる存在、且つ、大切で可愛い私の義弟(おとうと)。
 私は微笑み、ゆっくりと頷いた。

「ええ。エヴァン、エスコートをお願いするわね」
「はい!」

 エヴァンが笑顔で部屋を出て行った。

 尻尾がブンブンと揺れる幻が見えたわ……。

 *

 グランデ王国の夜会に向けて、更に大忙しな毎日を過ごしていた私に、エイベラル王家から招待状が届いた。

「グローリア殿下からね」

 それは、お茶会の招待だった。
 武人であるグローリア殿下がお茶会を開催するなんて珍しい……と思いきや、よくよく確認すると、私と二人きりということだ。

 私とグローリア殿下は、オマリー絹(シルク)で繋がっている。
 彼女の管理する領地の一部を借りて事業を行っていることもあって、報告は密にしているし、新商品は真っ先に献上していた。
 殿下はそれらをとても気にいってくださり、いつも丁寧にお礼の手紙が届くこともあり、結構頻繁にやり取りをしている。

「グローリア殿下もお忙しい方だしね……。そう簡単にお会いできる方でもないし、久しぶりにお顔が拝見できるのは嬉しいわ」

 というわけで、早速私は方々を駆けまわり、スケジュール調整に勤しんだのだった。

 *

 そして当日、私は王宮の庭園にあるガゼボに案内された。
 今日はいい天気で、風も吹いていて心地いい。花々がゆらゆらと揺れて、そこはかとなく優しい香りが辺りに広がり、鼻孔がくすぐられる。

「やぁ、ニコラ嬢」
「お会いできて光栄に存じます、グローリア殿下。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「私とニコラ嬢の仲だ。堅苦しいのはなしだよ。さぁ、座って」
「はい、失礼いたします」

 私の姿を見つけた途端に立ち上がり、右手を軽く上げるグローリア殿下。今日も騎士服姿が麗しい。
 私の手を取って席を勧めてくれる振る舞いは、まるで王子様のようだ。……実際は、王女様なのだけれど。

 グローリア殿下の侍女がお茶を淹れてくれる。彼女の淹れるお茶は、最高に美味しい。その技を盗もうと思うのだけれど、何度見てもうちとどこが違うのかわからない。
 茶葉の違い? いや、うちで使用する茶葉は王家御用達のものだから、違いはそれほどないはずだ。
 グローリア殿下に倣い、私もカップに口をつける。
 ……やっぱりすごく美味しい。
 頬の緩む私を見て、グローリア殿下が笑った。

「美味しいものを口にしている時のニコラは、本当に愛らしいな」
「嫌ですわ、殿下。お恥ずかしい限りです」
「素直でいい。見ていて微笑ましい」
「恐縮です」

 そして、私たちはしばらくの間、軽く雑談を交わす。
 その後、仕事の話になった。