未練なんてありませんが?

「どうしたのです? そんなに慌てて」

 エヴァンが珍しく、少し引き気味になっている。
 というのも、私がえらく前のめりになっているからだ。
 私は震える手で、先ほどの封書をエヴァンに渡した。エヴァンは封蝋を見た瞬間、クイと口角を上げる。

「やりましたね! 姉上」
「え?」
「この紋章は、グランデ王家のものです。つまり、隣国の王家から書状がきたということです。早く内容を確認しましょう!」

 エヴァンの目が爛々と輝いている。

 グランデ王国からの書状だとわかってこの反応……エヴァンは肝が据わっているわ。
 なんだか、オロオロしてしまった自分が馬鹿みたい。

 私は苦笑いを浮かべながら、慎重に封を開けた。すると、エヴァンが私の隣にやってきて、顔を寄せてくる。

「エヴァン!」
「私も早く内容を知りたいのです!」

 いつも冷静なエヴァンがワクワクしながらそんなことを言うので、私は再び苦笑する。
 仕方がないからそのままに、書かれている内容を確認していった。

「これって……」
「招待状ですね! しかも、家族揃ってとは。予定の調整が大変そうですが、隣国からの招待となれば、父上もなんとかするでしょう。ますます忙しくなりますね」
「そうよね……」

 つい、遠い目になってしまう。
 内容は、グランデ王家主催の夜会への招待だった。
 本来、商会長のお父様宛てにくるはずが、今回は私宛になっている。オマリー絹(シルク)絡みであることは明白だ。

 色鮮やかになったオマリー絹(シルク)の噂は、すでに隣国まで届いていたようである。染色は隣国の工房が担当しているということもあり、ぜひ本物を見てみたい、とのこと。

 オマリー絹(シルク)の流通、販売は、オマリー商会がエイベラル王国を拠点としていることで、自国が優先されている。それ故、他国ではまだ流通していないのだ。
 つまり、グランデ王家であっても、新オマリー絹(シルク)はいまだ手に入らない代物なのである。

 隣国の王妃殿下は、これまでのオマリー絹(シルク)を愛用してくださっており、新しい方も近々献上させていただきたいとは思っていたのだけれど……。

「急いで献上する分を確保しないと!」
「そうですね。心待ちにしておられるでしょう」
「……忙しさにかまけて、対応が後手になってしまったわね。王妃殿下に申し訳ないわ」
「こちらの王家に献上してから対応するつもりだったのですが、思いのほか注文が殺到してしまったので……」
「でも、こちらの状況も慮ってくださっているわ。さすがは王妃殿下ね」

 なんと封書には、王妃殿下からの私信も同封されていたのだ。そこに、新オマリー絹(シルク)に対しての思いが綴られていた。
 早く本物を見たい。触れてみたい。身に着けたい。元々気に入っているのだから、そう思うのも無理はない。

 ここまで思ってくださるのなら、絶対に持参したい。
 ぜひ、私の手から献上させていただきたい!

 今回の夜会の主目的は、二国間の産業振興を深めるため、とのこと。
 エイベラルとグランデは、様々な産業を通じて協力関係にある。
 隣国と組んで商品を開発する商会もうちとは別にあったりもするし、そこそこ大きな商会なら、大抵隣国に支店を持っていて、行き来も頻繁だ。
 おそらく、この夜会に招待されているのはオマリー商会だけではないはずである。両国の商会を営む貴族、その得意先も大勢参加する、大きな夜会になるだろう。

「あちらの王族は、全員参加なさるのかしら?」

 こちらの王族は、まさか全員とはいかない。たぶん、王太子ご夫妻が参加されるのではないだろうか。
 しかし、あちらは主催ということもあるし、エイベラルの人間も多数参加するだろうから、国王ご夫妻だけ、王太子ご夫妻だけ、というようなことはない気がする。

「どうでしょうか……。国王ご夫妻と王太子ご夫妻は出席されるでしょうが。あちらの第二王子殿下は他国に婿入りされていますし、いらっしゃらないでしょう。問題は、第三王子ご夫妻、ですね」
「第三王子殿下は、王太子殿下の右腕とも言われる方だわ。それに、ご本人も薬草研究の第一人者で、薬やポーションの流通にも深く関わっていらっしゃるし……参加される可能性は高い……かも」

 グランデ王国の国王ご夫妻とは商会を通じて面識があるけれど、王太子ご夫妻も第三王子殿下にもお会いしたことがない。だから、今回の夜会でお会いできるかもしれないのは、純粋に喜ばしい。
 が、しかし。

「あれ(●●)と再び顔を合わせるのは……正直、気が重いですね」
「エヴァン」

 サラッと毒を吐くエヴァンを窘めるけれど、胸の内では激しく同意している。
 第三王子殿下の妻は……あの、ポーリーン殿下なのだから。

「……会いたくないわね」
「ですね。……逃げ回りましょう」
「できたらいいけど」

 普通とは若干趣旨の異なる夜会だから、欠席だとありがたい。
 でも、派手好き、夜会好きの彼女のことだ、趣旨が何であっても関係ないだろう。

「エヴァン……献上品は……」
「献上するのは、国王ご夫妻のみにです。全員にはとても」
「そうよね。できれば、王太子ご夫妻にもと思ったんだけど……」
「そうすれば、第三王子ご夫妻にも贈らなければなりません。時間的に厳しいこともありますが、第三王子妃に献上するのは、個人的に遠慮したいです」
「……」

 私情が入りまくり……とも言えない。

 何故なら、ポーリーン殿下は、オマリー絹(シルク)が大流行した時でも、決して手に取らなかったのだ。
 他の高級布で十分だし、色も美しい。乳白色がかったオマリー絹(シルク)は地味で、自分にはふさわしくない、とまで言ったのだから。

 万人に受け入れられるとは思っていないけれど、わざわざ私の目の前で言うことでもないと思う。しかもこう言われた時、フランシスや他の護衛騎士たちもそれに同意していて、随分と嫌な思いをさせられた。
 エヴァンはこれを知っているからこそ、彼女には献上したくないと言っているのだ。