未練なんてありませんが?

 ドラン公爵家主催の夜会。
 公爵邸で最も広く豪華な一室には、親交のある貴族たちが集まっていた。
 ドラン公爵家は、かつて王女が降嫁したこともある由緒正しく高貴な家で、集まった顔ぶれもほぼ高位貴族で占められている。
 ただ、公爵夫人は身分等関係なく、その人柄を重視して付き合いをするタイプで、ちらほらと下位貴族や平民の商人の姿もあった。
 そんな中、私はエヴァンにエスコートされ、会場入りする。その瞬間、人々の視線が私たちの方に向くのを感じた。

 どうしてそんな一斉にこっちを見るの?

 とビクついたけれど、なんとかそれを表に出さず、私は外向きの微笑みを浮かべる。

「皆、姉上の美しさに釘付けですね」
「……私じゃなくて、このドレスによ」
「だとしても、姉上が纏っているからです」

 耳元で囁くエヴァンの声が、心なしか甘い。
 驚いたのもあるし、褒められて嬉しいという気持ちもないまぜになって、私の心臓がトクンと音を立てた。

 エヴァンは事あるごとに私を褒めてくれるけれど、いつもとは少し違うような……?
 そういえば、寄り添う距離がいつもより近い?

 内心で首を傾げながらも、今はとにかく主催者に挨拶することが先決。
 私たちは、公爵夫妻に挨拶をする列に加わった。そこで、私は改めて背筋をピンと伸ばす。

 美しい色に染められたオマリー絹(シルク)のドレス。この衣装に相応しくあらねば。

「まぁ、ニコラ嬢! 来てくれて嬉しいわ。どうもありがとう」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「エヴァン殿も、ようこそ我が家の夜会へ。今宵は楽しんでいってくれたまえ」
「ありがとうございます、ドラン公爵」

 滞りなく公爵夫妻との挨拶を終え、速やかにその場を離れようとした時、公爵夫人が私を引き留める。

「待って、ニコラ嬢。そのドレス、とても素晴らしいわね。聖なる泉のように透き通った薄青がとっても素敵! そして、光に反射して虹色が浮かび上がる……これはもしかして?」
「ご明察です。こちらのドレスは、オマリー絹(シルク)で仕立てたものですわ」
「まぁ、まぁ、まぁ! やっぱり!」

 公爵夫人の感激した声に、他の女性たちもわらわらと集まってきた。そして、この時を待っていたと言わんばかりに私を質問攻めにする。

「オマリー絹(シルク)でこのような色が? 本当ですの?」
「こちらの色、本当に素敵ですわ! 購入するにはどうすればよろしいのかしら?」
「他の色もございますの? どんな色がございまして?」
「オマリー絹(シルク)は染色にご苦労されているとのことですが、どうやってこの色を? 新しい技術を開発されたのかしら?」

 どうすれば手に入るのかという内容がほとんどだったけれど、中には技術的なことを聞いてくる人もいて、対応に四苦八苦する。その度にエヴァンが助け舟を出してくれて事なきを得たけれど、思った以上にすごかった。
 私はこの反響に少し驚いていたのだけれど、エヴァンは想定どおりだったようだ。飄々としている。

 挨拶回りや質問攻めが一段落した後、私たちは休憩がてら、庭園の方に一時避難した。
 ドラン公爵邸の庭園は、公爵夫人の趣味も相まって、とても美しく整えられている。彼女もここを皆に見てほしくて、夜会の際にも明かりを灯して開放しているのだ。
 淡い人工的な光と、月明りに照らされた花々たちは、爽やかなそよ風にゆらゆらと揺れている。その様は幻想的で、まるで別世界に入り込んでしまったかのよう。

「綺麗ね……」
「はい」

 一番近くに咲いていた白薔薇の香り堪能しつつ、エヴァンを振り返った。
 目が合う。
 エヴァンが、蕩けるような笑みで私を見つめている。

「そうしていると、まるで花の妖精ですね」
「……褒めすぎ」
「まさか。姉上の美しさ、可憐さを表現するにはまだまだです」

 エヴァンは私の手を取り、ゆっくりと跪いた。

「エヴァン?」
「人の身ではありますが、花の精の女王様、どうか私と一曲お付き合い願えませんか?」
「花の精でも女王様でもないけど、それでもよければ」
「ぜひ」

 二人して笑いあう。
 新しい曲が始まり、そのタイミングで私たちは踊り始めた。

 芝生の上なので、床のような動きはできない。バランスも崩しそうになる。けれど、エヴァンが相手だとなんのそのである。
 彼のリードは私の動きに合わせて逐一調整され、その腕は力強く私の身体を支える。

 ゆったりと、そして優雅に。
 庭園でのダンスに、私は酔いしれる。

 ふと、エヴァンが囁いた。

「姉上、耳をすませてください」
「え……?」

 言われたとおりにすると、周囲の声が耳に入ってくる。

「なんて美しいのかしら……」
「見て。月の光に虹が浮かび上がっているかのよう。新しいオマリー絹(シルク)、早速手配しなくては!」

 私は、ドレスに視線を向けた。
 緩やかに波打つオマリー絹(シルク)に月の光が反射して、虹色に煌めている。室内の光に浮かぶ虹色も素晴らしいけれど、これはまた格別だ。

「意図しなかったけど、いい宣伝になったわね」
「はい。これから大変ですよ」
「望むところよ」
「もちろんです」

 私たちは貴族だけれど、商会を営む商人でもある。
 この成果は上々だ。

「……エヴァン、もしかして、これを狙ったの?」

 公爵夫妻とのお付き合いもそうだけれど、この夜会に出席したのは、このドレスを見てもらうためという目的もある。会場内ではもちろんだが、こうして庭園でも踊ったのは……。

 エヴァンは思わせぶりに微笑んで、私の身体をグイと引き寄せた。

「狙ったのは、別のことですけどね」

 そう言って、彼は悪戯っぽく肩を竦めたのだった。