『冥府の門番は今日も忙しい!――聞いてないぞ! 死神が仕事放棄とか!――』

「ねぇ〜」

 横から、すっかり気の抜けた声が聞こえる。

 振り向くと、朔が俺の服の裾を掴んでいた。

「どうした」

「僕たち帰りたい」

「……は?」

「疲れた」

 灯里まで、ぐったりした顔で俺を見る。

「パパ、もう帰ろうよ」

 無理もない。

 朝から突然天界へ連れてこられ、知らなかった伯父を紹介され、自分たちの家だけが何故か昨夜の大揺れを完全防御していたことまで判明し、挙げ句の果てには、じいじと沙羅麻ちゃんの昨夜の大騒動まで延々聞かされた。

 子どもに付き合わせる内容ではなかった。

「……そうだな。お前らはもう帰っていい」

「パパは?」

「俺はまだ帰れねぇ」

「なんで?」

 俺は窓路を見る。

「こいつがまだ何も説明してねぇから」

「俺のせいみたいに言うな」

「お前のせいだろ!」

 千景が二人の頭を撫でる。

「じゃあ、私たちは先に帰ろうか」

「うん」

 朔が俺を見る。

「パパも早く帰ってきてね」

「ああ」

「絶対?」

「絶対……たぶん」

「たぶんなんだ」

「この家族に絶対なんてあると思うか?」

 灯里は少し考えてから、首を振った。

「ないね」

「だろ」

 何故か納得されてしまった。

 俺は親父を見る。

「親父、悪いけど三人連れて帰ってくれ」

「俺が?」

「お前の孫と息子の嫁だろ。それくらい出来るだろ」

「言い方!」

 親父が眉を寄せると、朔が心配そうに顔を覗き込んだ。

「じいじ、大丈夫?」

「何が?」

「疲れてる?」

 灯里まで真顔で続ける。

「じいじ、昨日すごく運動したんでしょ? 無理しない方がいいよ」

「おい!」

 親父の顔が一気に引きつった。

 俺は額を押さえる。

 もうその話は終わってくれ。

「じいじは強いぞ! 朔、抱っこしたる。腰も大丈夫だ」

 少しムキになった親父が胸を張り、朔をひょいと抱き上げる。

 ところが灯里は妙に冷静だった。

「じいじ、無理したら明日動けなくなるんじゃない? 程々だよ」

「おい!」

 朔まで心配そうに続ける。

「腰いたくならない?」

「ならねぇよ!」

「でも激しい運動したんでしょ?」

「まだ続くのか!?」

「灯里、朔」

 千景が静かに声をかける。

「二人とも、そのくらいにしてあげて」

「はーい」

「ごめんなさい」

 ようやく止まったと思った、その直後だった。

 千景が親父を上から下まで眺める。

「でも、お義父様なら大丈夫そうですけど」

 俺は嫌な予感がした。

「千景」

「何?」

「その先、言わなくていいぞ」

 遅かった。

「今のお義父様、全然弱ってないもの。むしろいつもより艶があるし、妙に色気まで増してる感じ?」

「千景ぇぇぇ!」

 親父まで固まり、母さんだけが楽しそうに頷く。

「分かる?」

「ええ。かなり」

「やめろ二人とも!」

 神楽まで心の中へ割って入った。

『確かに父さん、今日はいつもより艶があるね』

「神楽、お前まで参加すんな!」

 親父が小さく咳払いする。

「まあ……元気ではある」

「認めんな!」

 朔が親父の顔を覗き込んだ。

「じいじ、色気ってなに?」

「聞くな!」

 灯里も続く。

「艶があるって?」

「それも聞くな!」

 千景が笑いながら二人の背中を押す。

「その辺は大人になってからね」

 俺は深く息を吐いた。

「お前が一番原因作ってんだよ……」

 千景は何でもない顔で笑う。

「そう?」

「そうだよ!」

 もういい。

 本当にもういい。

「親父、転移魔法くらいの力は残ってるだろ」

「あるよ!」

「今、間があったぞ」

「あるって!」

「ちゃんと家まで送れよ。酒蔵の裏とかに飛ばすなよ」

「飛ばすか!」

 母さんが横から笑う。

「螺良ならやりかねないわね」

「お前まで言うな!」

 朔と灯里が笑い、親父が三人の近くへ立って片手を上げると、淡い光が足元へ広がっていった。

 千景が俺を見る。

「じゃあ先に帰ってるね」

「悪い」

「無理しないで」

「ああ」

 灯里が手を振る。

「パパ、ちゃんと帰ってきてね」

「分かってる」

 朔も親父に抱かれたまま手を振った。

「パパ、お仕事がんばってねー!」

「おう」

 次の瞬間、親父と千景、灯里、朔の姿が淡い光に包まれ、そのまま消えていった。

 転移の残光がゆっくり消えていくのを見届けてから、俺は大きく息を吐く。