『冥府の門番は今日も忙しい!――聞いてないぞ! 死神が仕事放棄とか!――』

「……誰だ」

 母さんが静かに口を開く。

「あなたの双子のお兄さんよ」

「……兄?」

「ええ」

「俺、一人っ子だろ」

「そう思っていたでしょうね」

「思ってたも何も――」

 そこで言葉が止まった。

 母さんの表情が、いつもの母さんとは違っていたからだ。

「あなたには、双子のお兄さんがいるの」

「……いる?」

「ええ。今もちゃんと生きてるわ」

 俺はもう一度、透明な保護領域の中にいる男を見る。

「だったら、何で今まで――」

 母さんは少し息を吐いた。

「あなたたちが生まれる時、軍釟の力が強すぎたの。二人の間で均衡を保てなくなって、お兄さんの魂だけがあなたの方へ引き込まれてしまった」

「……俺が?」

「あなたが望んだことじゃないわ」

「でも、この人は……」

「魂を持っていない」

 胸の奥がざわついた。

「魂がないのに、生きてるのか?」

「生きてるわ。感情もあるし、考えることもできる。ただ、視覚も聴覚もなくて、声も出せない」

「見えないし、聞こえないし、話せない?」

「普通の方法ではね」

 母さんの答えには迷いがなかった。

 俺はしばらく黙って、その男を見つめた。

 俺のせいで――そう思った瞬間、親父が考えを見透かしたように口を開いた。

「軍釟。自分のせいだと思うな。お前も神楽も、生まれる前のことだ。誰かが選んだ結果じゃない」

「……神楽?」

「そいつの名前だ」

 神楽(かぐら)。

 俺の双子の兄。

 存在すら知らなかった家族。

「何で隠してた」

 今度は親父が答える。

「守るためだ」

「誰から」

「誰が狙うか分からなかったからだ」

「狙う?」

 母さんが続けた。

「神楽には魔力がない。その代わり、星を読むことができるの」

「星?」

「未来そのものを見る力じゃないわ。世界がどちらへ傾くのか、何かが起こる兆し、運命の分岐――そういう流れを読むの」

「そんな力があるって知られたら……」

「利用しようとする者が出るかもしれない」

 母さんが静かに頷く。

「だから存在そのものを隠したの。この場所も、神楽を閉じ込めるためじゃないわ。外から守るために作った保護領域よ」

「じゃあ親父が冥府へ行ったのも?」

 螺良が少しだけ笑った。

「それも理由の一つだ」

「……初めて聞いたぞ」

「だから今話してる」

「五十年近く遅ぇよ!」

 思わず声を荒らげた、その時だった。

 神楽の指先が、ほんの少しだけ動いた。

「……動いた」

 次の瞬間、耳から聞こえたわけではないのに、柔らかな声が心の中へはっきりと響いた。

『初めまして。軍釟の兄の神楽だよ』