『冥府の門番は今日も忙しい!――聞いてないぞ! 死神が仕事放棄とか!――』

 声が途切れた。

 俺は思わず合掌しそうになった。

 親父、今日は諦めろ。

 すると母さんの声が、またいつもの明るさへ戻った。

『ということで、軍釟』

「何」

『明日からも頑張るのよ〜』

「…………」

『部門長なんだから』

「最後にそれ言うのやめてくれ!」

 灯里と朔が笑い、千景まで肩を震わせている。

 俺だけが笑えない。

「俺、門番だったはずなんだけどな……」

『部門長兼門番でしょう?』

「まだ聞いてんのかよ!」

『じゃあね〜。灯里ちゃん、朔ちゃん。また天界に遊びに来てね〜』

「はーい!」

「沙羅麻ちゃーん!」

『は〜い。また遊びましょうね〜』

 楽しそうな笑い声を残し、ようやく母さんの気配が消えた。

 俺はソファへ深く沈み込み、天井を見上げる。

「……疲れた」

「お疲れさま」

 笑いながら千景が目の前へ夕食を置いた。

「とりあえず食べたら?」

「ああ。今日はもう何があっても仕事しない」

「そうね」

「絶対しないからな」

 そう言って箸へ手を伸ばした、まさにその時。

 テーブルの上へ置いた端末が短く震えた。

「…………」

 嫌な予感しかしない。

 千景が端末と俺を交互に見る。

「出ないの?」

「出たくない」

「仕事かもしれないわよ」

「だから出たくないんだよ」

 それでも無視するわけにもいかず、渋々画面を確認した。

 送信元――窓路。

 表示されたのは、短い文章だけだった。

『軍釟。

 お前なら、もう気づいていると思ったんだがな。

 ――窓路』

 さっきまでの騒がしさが、ほんの少し遠ざかった気がした。

 俺は画面を見つめたまま眉を寄せる。

 死神部門長・窓路。

 あいつらのボイコットは、やっぱり単なる仕事放棄じゃない。

「……何なんだよ」

 今日一日で十分すぎるほど面倒事に巻き込まれたというのに、どうやら本当に厄介なのは、ここかららしい。

 千景は何も聞かず、俺の前へ湯気の立つ椀を置いた。

「冷めるわよ」

 その一言で、俺はしばらく見つめていた端末を伏せた。

「……飯が先だな」

「そうして」

 少なくとも今だけは、冥府庁の部門長でも、天界統括女王の息子でも、馬鹿みたいな力を持つ何かでもなくていい。

 ただ家に帰ってきた夫で、父親でいられれば、それで十分だった。

 明日の面倒事は――明日の俺に任せよう。