待ってください長谷川くん!

不満そうな表情を見せつつも、なかなか離れようとしないことに、香織は横目で様子を見守る。
早川が口を開きかけるが、先に誠が口を開いた。


「あ。わからないところは、いつでも本木先輩に聞くので大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

「…そ、そう…ですか…」


誠の笑顔を見ると、顔を引き攣らせながら、自分の席に戻っていく早川。
ハラハラとした気持ちで誠を見る香織に、誠が椅子を少し引いて顔を向ける。


「本木先輩、ここの資料なんですけど、昨年のと数字が違ってます」

「え、…ほんとだ。ありがとう!すぐに修正と報告をしますね!長谷川くんは、そのまま資料確認を続けてください」


誠のデスクトップ画面を覗き込んだあと、さっそく資料の修正箇所をメモして、自分の席に着く香織。
メモを見ながら自分の机の画面を見て、修正に入った。

香織の真剣な横顔を見ていた誠は、自分の業務に集中した。




終業近い時刻になると、香織は修正報告を係長に提出し、そのまま早川の席へ向かう。
鞄に荷物を詰めていた早川に、少し驚いた


「あの、早川さん、資料の方は…」

「あ〜本木先輩ごめんなさいっ!今日通院日なの忘れてて〜…あと少しなんですけど、急がないと病院終わっちゃう!」

「そ、そっか…じゃあ、仕上げるから途中までの」

「あ、さっき本木先輩の方にメールしましたっ。お疲れ様で〜す」

「…お疲れ様、です…」


香織の言葉を遮って、荷物を持った早川は、笑顔で横切った。
小さくため息をついてしまった香織。

オフィス内にいる同僚も退勤していき、係長と残っていた数人も、香織に挨拶して退勤していった。
自分の席に戻る香織は、顔を上げてメール画面を開いた。




同期と一緒にクスクス笑いながら歩く早川。


「あのおばさん信じられなーい。仕上げられるなら、最初から自分ですればいいのに〜」

「言ってくる業務量がおかしいよね」

「はぁ〜…ネイルの予約遅れちゃう〜…っ!」


曲がり角で誠と鉢合うと、ぶつかりそうになった。


「失礼…すみません。お疲れ様です」

「長谷川さん…あ、そうだっ。長谷川さんもう退勤でさよね?よかったら、私たちとディナーでもどうですか〜?」

「……本木先輩に聞きたいことがあるので、申し訳ありません」

「あ…っ」


ファイルを持っていた誠は、ニコッと笑ってその場を立ち去る。
誠の背中を悔しそうな顔で見送る早川は、鞄を持ち直して、同期たちと自社を出て行った。


早足気味に歩いていた誠は、まだ明かりがついているオフィスのドアを開けた。