待ってください長谷川くん!

「どうかしたんですか~?本木先輩?」

「え…あ、いや…なんでも…」


歯切れの悪い返事を返しながらも、同僚たちに歓迎される誠から、目を離せないでいた。


「本木さん、ちょっと」

「は、はい…!」


課長に呼ばれると、香織は慌てて社長と誠の方へ向かい、軽く会釈する。


「では、長谷川さんには、営業部で指導経験のある本木さんについて指導してもらいますね」

「本木さんは指導力もあって、仕事にも熱心なので、ご子息に丁寧な業務の進め方をお教えできますよ」

「ふぅむ…そうか。では、頼むな。本木くん」

「…はい…!」


ジロリと見られる香織の肩が跳ねる横に、すでに並んだ誠がニコッと笑った。


「父さん、大丈夫ですよ。皆さん優しいし…本木さんも、いつもどおりのご指導をぜひ、よろしくお願いいたします」

「…こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


頭を下げる誠に、慌てて返事をして頭を下げる香織を見ると、社長は課長を連れて部署を後にした。
残った部長は、垂れてくる汗を拭きながら、香織たちに振り返った。


「それじゃあ、本木さん。長谷川さんを頼むよ。デスクは君の隣に」

「はいっ、わかりました。それじゃあ、長谷川さ…長谷川くん、こっちへ」

「はい」


香織のあとをついて歩く誠だが、周囲の同僚たちに挨拶していくと足が止まる。
困ったように振り返る香織だが、初日のことを考えて、挨拶が終わるまで見守った。

ようやくデスク付近の同僚たちから解放された誠は、香織の隣のデスクにやってきた。


「朝はデスクトップの電源を入れて、メール確認と共有ファイルの確認をしてください。それから、電話がかかってきたときは…ー」


誠が席に着くと早々に、淡々とひとつずつ業務の説明を始める香織。
急いでメモを出して書き取る誠は、うんうんと頷きつつ、時折返事をしながら説明を聞いた。

しかし、その様子をクスクスと、笑いながら小声で近くの同期に話し出す早川。


「ね、まぁた始まったよ。解説おばさん」

「そ、そうだね…社長の息子ってわかった瞬間に張り切ってるよね…」

「ほーんと、ジャマなおばさん…」


頬杖をついて、ジッと見る早川は小さく舌打ちした。


「ー…というのが、営業部の仕事かなっ。あ、この資料ファイルも読んでおくといいよ。私の先輩だった人が書き置いてくれたのなんだけど、私の説明よりすっごくわかりやすいから。ここまででわからないとこはあった?長谷川くん」

「………」

「長谷川くん?」


分厚いファイリングケースを取り出した香織は、誠のデスクにドサッと置く。
二回目に名前を呼ばれた誠は、パッと顔を上げて香織を見た。