待ってください長谷川くん!

夜の街中、信号待ちをしていた本木香織(もときかおり)は、スマホを片手に深いため息をこぼした。


「私の何がダメだったのかな〜!?」

「何がって…どういう付き合いだったの?」

「え〜…部屋に行ったときはおかずの作り置きしてたし、掃除と洗濯して…たまにご近所の人に挨拶したり、おすそ分けしたり…」

「おかんじゃん。彼女がやることではない」

「えぇえ〜!みんなやってるんじゃないの!?」


通話相手の友人から、ピシャリと返答をもらうと、香織はガックリと肩を落とした。
半分うなだれ、茶髪のセミロングを揺らしながら、涙目で嘆く。


「ダメ男を製造するなおかん」

「だっ、ダメ男って…た、たまたま似たような人だっただけで…!おかんでもないし、ダメ男製造機じゃない!」

「ぶぷっ」

「………」


隣から聞こえた吹き出す声に、顔を向ける香織。
黒髪の男性が口元を押さえ、静かに笑っていた。

固まる香織が口を開けたまま見上げていると、男性は笑いを引きずりながら、香織を見下ろす。


「ふっ…男運、最悪じゃん」

「…な…っ!?」


思わず顔を赤くする香織だが、信号が青に変わり、周囲の人たちが進み始めた。
クスクスと笑っていた男性が押さえていた手を離すと、口元の黒子を見せて艶やかな笑みを向けた。


「がんばって、おかん」

「〜〜!!」

「香織ー?どしたー?」


立ち止まったまま、わなわなと震えていた香織の耳には、不思議そうな声の友人の声が残る。

声を上げる間もなく、香織は人混みに押されるように足を前に進めた際に、男性から目を離すと見失ってしまった。


翌週、出勤した香織は同僚へ挨拶をしながら、営業部のオフィスのドアを開いた。


「本木さん、おはよう」

「おはようございます」

「本木先輩、おはようございま〜す」

「早川さん、おはよう」


入社して四年となった香織に、二年目となる後輩の早川亜紀(はやかわあき)がニコニコと挨拶してきた。

デスクに着いて、就業への準備をすれば、すぐに書類を亜紀に差し出した。


「この資料、今日中に仕上げられる?半分は進めてあるから、あとは表と価格の確認をしながら作ってね。それと、C社に提出する書類も確認しておいてね」

「…はぁい」


亜紀はニコニコと笑って、香織から書類を受け取ると、カタカタとパソコン操作を始める。
香織も時間を確認して、業務に就いた。

すると、課長と係長が揃ってオフィスのドアを開けて入ってくる。
珍しくもない組み合わせだが、課長の言葉で空気が変わった。


「み、皆さん、社長が見えてますので、一旦業務の手を止めてください」

「そんなにかしこまらんでよい。誠」


社長が入ってきたかと思えば、後ろにいた青年が一歩前に出て、頭を下げる。


「はい、父さん。皆さん初めまして、長谷川誠(はせがわまこと)です。本日より、こちらに配属となりました。よろしくお願いいたします」

「……あ」


顔を上げた青年の、柔らか笑う口元を見て、香織は思わず声をもらした。


(こ、この前の…!?)


青年の口元の黒子から、先週の夜のことを思い出す香織。