4日目は朝からヴェルサイユへ向かい、宮殿や庭園を一日見て回った。姉二人が大のベルばら好きで、さんざん漫画やアニメを見せられて育ったから、ここが鏡の間か、とかここがプチトリアノンか、なんていちいち感激しきりで興味深かった。優依はどちらかというと遠藤周作の『王妃マリー・アントワネット』のイメージが強いらしく、物語に出てくるマルグリットという貧しい孤児の女の子について、ずいぶん熱心に話してくれた。
「マルグリットはさ、貧乏のどん底にいるときにマリーの輿入れの話を聞いて、自分との落差に衝撃を受けて、会ったこともないマリーを蛇蝎のごとく嫌って憎むわけ。何か上手くいかないことがあるたびに、とりあえずマリーを呪って、いつか自分のようにどん底に堕ちればいい、なんて思ってね。で、最後の最後に、マリーが断頭台で処刑された瞬間、なぜか泣きながらこれまでのことを思い出すの。家畜みたいに働かされたことや、何日も飲まず食わずで逃亡したこととか、娼婦になって初めて客に抱かれた日のこととか、もう、ありとあらゆることを……それで、ああ、何もかも終わった、って思うわけ。あのシーンが、グッとくるんだよねー」
「へー。遠藤周作って『沈黙』しか読んだことないな」
「『沈黙』もいいよね。『王妃マリー・アントワネット』もおすすめ。帰国したらぜひ読んでみてね」
ふだんロンドンで学校に通っているときには聞くことのできないそういう話が、オレにはとても興味深かった。本が好きだという優依はいろんな小説を読んでいて、その頃オレがはまっていた村上春樹の話なんかも旅行中にたくさんしたのを覚えている。
オレたち二人を知る人は誰もいない場所で、思い切り大っぴらに並んで歩けるというのも快感だった。ロンドンでは、別に疚しいことがあるわけではないものの、誠二をはじめ学校のクラスメイトの目もある手前、あまり優依ばかりにかまうわけにもいかない。しかも、オレも優依も日本に恋人を残してきており、親しいクラスメイトの中にはそれを知る者もいる関係で、周囲の目を意識しないわけにはいかない。そういう窮屈さから解放され、本当の「恋人」のように手をつないで街を歩けるというのは、なかなか素敵ではあった。
東洋人への見下しや差別に嫌な思いをしたことは多少なりともあったけれど、優依もオレも別段気にはしなかった。ある程度覚悟はしていたし、うっかり凹んだり怯んだりすれば相手の思うつぼだと思って、堂々と(時には図々しく)主張すべきところでは主張し、ちゃんと意思表示を行って不利益を被らないように努めた。
「マルグリットはさ、貧乏のどん底にいるときにマリーの輿入れの話を聞いて、自分との落差に衝撃を受けて、会ったこともないマリーを蛇蝎のごとく嫌って憎むわけ。何か上手くいかないことがあるたびに、とりあえずマリーを呪って、いつか自分のようにどん底に堕ちればいい、なんて思ってね。で、最後の最後に、マリーが断頭台で処刑された瞬間、なぜか泣きながらこれまでのことを思い出すの。家畜みたいに働かされたことや、何日も飲まず食わずで逃亡したこととか、娼婦になって初めて客に抱かれた日のこととか、もう、ありとあらゆることを……それで、ああ、何もかも終わった、って思うわけ。あのシーンが、グッとくるんだよねー」
「へー。遠藤周作って『沈黙』しか読んだことないな」
「『沈黙』もいいよね。『王妃マリー・アントワネット』もおすすめ。帰国したらぜひ読んでみてね」
ふだんロンドンで学校に通っているときには聞くことのできないそういう話が、オレにはとても興味深かった。本が好きだという優依はいろんな小説を読んでいて、その頃オレがはまっていた村上春樹の話なんかも旅行中にたくさんしたのを覚えている。
オレたち二人を知る人は誰もいない場所で、思い切り大っぴらに並んで歩けるというのも快感だった。ロンドンでは、別に疚しいことがあるわけではないものの、誠二をはじめ学校のクラスメイトの目もある手前、あまり優依ばかりにかまうわけにもいかない。しかも、オレも優依も日本に恋人を残してきており、親しいクラスメイトの中にはそれを知る者もいる関係で、周囲の目を意識しないわけにはいかない。そういう窮屈さから解放され、本当の「恋人」のように手をつないで街を歩けるというのは、なかなか素敵ではあった。
東洋人への見下しや差別に嫌な思いをしたことは多少なりともあったけれど、優依もオレも別段気にはしなかった。ある程度覚悟はしていたし、うっかり凹んだり怯んだりすれば相手の思うつぼだと思って、堂々と(時には図々しく)主張すべきところでは主張し、ちゃんと意思表示を行って不利益を被らないように努めた。

