ラッセルの丘で

 優依とのフランス旅行は、控えめに言って夢のように楽しかった。こういう表現は陳腐でつまらないけれど、他に描写の術がない。
 女性と二人きりで旅行というのは実は初めてだったけれど、ストレスというストレスはまったくなく、何もかもがごくごくスムーズだった。そもそも優依は頭がいいし、あらゆる場面で冷静かつ理性的に判断できる。ちょっとしたトラブルにも慌てることがないし、むしろそういう状況を楽しんでしまう余裕さえある。見た目のかわいらしさとのギャップには、いい意味で驚かされることが多い。
 ユーロスターのチケットの手配から、泊まるホテルの予約等、一応二人で手分けしてやったのだけれど、イギリス国内でのあれこれは英語がすでに十分すぎるほど堪能な優依にほぼお任せ状態だった。大学1年次に第二外国語がフランス語だったオレは、多少なりとも役に立たないと面目ないから、パリに着いてからのもろもろ――美術館共通入場券・カルトミュゼやヴェルサイユへの移動の列車のチケットなどの手配を率先してやった。その結果、わりと感謝され、かつ感心される場面が多くて、かなりほっとした。
 絵が好きなオレは、とにかく美術館巡りが楽しみでしかたなかった。優依も見るのは大好きらしく、あれこれ下調べして現地ではずいぶん満喫していたから、一緒に見て回ってとても楽しかった。
 ルーブルはもちろん、オルセー、オランジュリー、小さなところではピカソ美術館、それにダリ美術館。日がな一日絵を見てあれこれ話し合いながらパリの街を二人で歩くのは、ザ・非日常という感じで素晴らしい時間だった。着いて3日間はずっとその繰り返しだったけれど、まったく飽きることはなかった。
 モネが好きだ、という優依は、当然、小ぢんまりしたオランジュリー美術館がいたく気に入ったようだった。壁一面に睡蓮をぐるりと展示したある部屋では、言葉を失って見入っていた。「飲み込まれてしまいそうで怖いな」と独特の表現をしながら熱心に絵を眺める優依を見ている時間も、オレにとっては貴重でなかなか得難いものだった。