「仁科~、何でメール既読スルーなん?俺、寂しかったよ」


この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。


「忙しかったのよ、こっちの事情も考えてよね。あんたっていつも何で急なのよ」私は女の子の群れから一人離れると、路肩に停めた九条の車に近づいた。僅かに降っている雨粒が私の頭や薄手のブラウスを濡らし、一気に体が冷え込んだ。


「あー、悪い。三日ぐらいちょっとここ離れてたから」


「あそ、姫(ホストクラブにおける女性客のこと)と遠征旅行でもしてた?」


私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。


「えー、仁科先輩の彼氏さんですかぁ?かっこいい!」


女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。


上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、初秋だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。


そう、どこからどーみてもこいつはホスト。今はホストクラブ経営者だけど。


でも勘違いしてもらっては困る。私はこいつの姫(客)じゃない。前述した通り単なる腐れ縁の同級生。


「違っ!こいつとは単なる腐れ縁。彼氏とかじゃないから」


と慌てて否定するも秒の単位で噂が回るこの会社で明日の朝には『仁科さんて、ホストに貢いでるらしいよ』とあちこちで言われるに違いない。


くらり、と眩暈が起きた。


「じゃあ、本命は青山さんですかぁ?」女の子達が興味津々で目を輝かせている。あ、あの噂こんなところまで回ってきてるんだ。その中の宝田さんをちらりと見ると、それはそれはおっそろしい目で私をじっと睨んでいる。


こ……怖い…


女の嫉妬程怖いものはない。


「青山??ひどいなー、仁科ぁ。俺たち何度もセック……もがっ」


最後の方が言葉にならなかったのは私の手が九条の口を塞いだから。


ふざけんな!何言い出すんだこいつぁ!!


空気読めっつうの!


と言うことを目で訴えると、流石に冗談が過ぎたと思ったのか九条は苦笑い。


「で?行くの?行かないの?」せっかちに聞かれて


「わかったよ!行くわよ」半ば怒鳴るように九条を睨みつけると、九条が降りてきて助手席側に回る。それはそれはスマートな仕草で助手席の扉を開け、私を中に促す。この行為を気にすることなく、私はそそくさと助手席に回った。


「それじゃ、私はこれで。お先に」女の子たちにはなるべく平静を装って、にこやかに手を振る。


ため息をついて車の助手席に収まると、助手席の扉を閉めながら九条が笑顔を浮かべた。


「ただいま、仁科」


昔とちっとも変わらない笑顔。眉が下がり、目を細める、優しい笑顔。そして時々その低く甘い声で呼ばれる、自分の名前。何だかくすぐったいが、この笑顔を向けられたら、たとえ九条の勝手に振り回されても、赦せてしまう。



「……おかえりなさい」私は俯くと、小さく返事を返した。