もう成仏せんかい!

病室は、静かだった。
聞こえるのは、機械の小さな音だけ。
私はベッドの横に置かれた椅子に座り、おじいちゃんの顔を見ていた。
少し痩せた。
頬も前よりこけている。
目を閉じていると、余計に小さく見えた。
「……おじいちゃん」
呼びかけると、ゆっくり目が開いた。
「ああ……おったんか」
「ずっといるよ」
「そうか」
「具合、どう?」
「まあまあや」
まあまあ。
その言葉を信じていいのか、私にはわからなかった。
先生からは、今は意識もしっかりしているし、会話もできると聞いている。
でも。
決して、いい状態ではない。
それくらいは、私にだってわかる。
「なあ」
「なに?」
おじいちゃんが、ゆっくり私の方を向いた。
「お前に……話しておかなあかんことがある」
「……話?」
「せや」
少しだけ嫌な予感がした。
「ワシがまだ喋れるうちに、聞いといてほしいんや」
「…………」
胸の奥が、ぎゅっと痛くなった。
まだ喋れるうちに。
そんな言い方、しないでよ。
もしかして。
遺言。
そんな言葉が頭をよぎった。
聞きたくない。
でも。
おじいちゃんが私に話しておきたいことなら、ちゃんと聞かなきゃ。
私は膝の上で手を握った。
「……わかった。聞くよ」
「そうか」
おじいちゃんは小さく息を吸った。
「実はな……」
「うん」
「ウチの家系は……代々……」
「うん」
「盗みを生業にしてきた家系なんや」
「…………」
「…………」
「…………え?」
「せやから、泥棒や」
「…………」
ちょっと待って。
今。
私は、何を聞かされてる?
「おじいちゃん?」
「なんや?」
「熱ある?」
「ない」
「頭は?」
「しっかりしとる」
「じゃあ、なんで泥棒なの?」
「話せば長い」
「…………」
おじいちゃんは遠くを見るように目を細めた。
「初代から数えて……ワシで75代目になる」
「…………75?」
「せや」
「そんなに続いてるの?」
「由緒ある家系や」
「泥棒に由緒ってあるの?」
「ある」
即答された。
さっきまでの悲しい気持ちは、どこへ行ったんだろう。
「それでな」
「まだあるの?」
「ここからが大事な話や」
おじいちゃんが、私の手を握った。
急に真剣な顔になる。
「ワシが死んだら……」
「…………」
「お前に76代目を継いでもらいたい」
「…………」
「頼めるか?」
「…………」
私は自分の制服を指さした。
「私、高校生なんだけど」
「知っとる」
「来年、受験なんだけど」
「知っとる」
「将来のことだって、まだちゃんと決めてないんだけど」
「ちょうどええやないか」
「何が?」
「今、決まった」
「…………」
「76代目や」
「勝手に決めないでよ!」
おじいちゃんは真顔だった。
冗談を言っているようには見えない。
だから余計に困る。
「つまり何?」
「なんや?」
「私、進路を泥棒に変更しろってこと?」
「まあ、そういうことやな」
「どういうことだよ!!」
私の声が、静かな病室に響いた。
さっきまで泣きそうだった自分が、もうどこにもいなかった。