「こらー! 東雲! 今日という今日は提出物を提出してもらうからな⁉」
廊下にどわーっと響き渡るのは、英語の先生の怒鳴り声。
高身長にチリチリパーマ頭が印象的で、いつも真っ赤に目を引くジャージを上下に着こんでいる、高輪先生だ。
顔はまぁまぁイケメンなのに、怒り顔があまりにも鬼で、大なしじゃないかと思っちゃう。
まあ、そうさせてるのは私なわけですが。
「やーだよッ!」
高輪先生の怒号に向かってんべっと舌を突き出してから、そっぽを向いて走り出すのが、ご挨拶が遅れました、私、東雲あやな。
とある科目だけがだーいすきで、それ以外の授業は全部さぼっちゃう、所謂不良娘というやつなのです。
ちゃんと学校に来てることだけ、評価してほしいけどね!
……学校に出てるのに、提出物を出していないから追っかけまわされてるんじゃないのか、という突っ込みは後にしてもらって。
「先生に向かってやーだよっとは何だ、ふざけるな! というか、止まれぃッ!」
「止まれと言われて止まる馬鹿は居ないと思いますーーー!」
「止まれと言われるだけのことをしてる馬鹿がお前だろうが!」
高輪先生の正論&怒号。
あまりにうるさいから、廊下や教室にいる人たちが、なんだなんだとこちらに関心を向けているのが分かる。
普通の人ならここで恥ずかしさでまいっちゃうかもしれない。
でも私にはちっとも効かない。
だって、私の行く先には、だーい好きな「あれ」が待っているから!
「おい、東雲—————っ、おまえ、百メートル走は遅いくせして、なんでそんな走るの早いんだ! ってか、廊下は走るな!」
「先生だって走ってるじゃん! 普段は、本気出してないだけだもーん。……っとと」
高輪先生の怒りの声がだんだん小さくなっていって、十分に引き離したな、と思ったところで、私は目的の場所に辿り着いた。廊下の角をぎゅいッと曲がって、それからそこに立っていた人物を見上げて目を輝かせる。
「翠《みどり》! 出てきてくれたの!」
「……まあそりゃ、東雲先輩の叫び声が、部屋からも聞こえましたから」
私の呼びかけに対して、目の前の青年……栗色のマッシュ髪に、分厚い丸眼鏡、制服の上から白衣を羽織った市澤翠が困り眉を浮かべる。
私よりもはるかに高身長だけど、少し猫背気味で肩が中に入っているから、態度は小さめ。
そして、私の大事な大事な後輩が、わざわざ部屋から出てきて私を迎え入れてくれたってだけで、私はうれしさがこみあげてくるようだった。
あ、翠が一体何の後輩かっていうと、……。
「こらー! 東雲、お前またそこに逃げ込むつもりだな⁉」
「わっ、やば、思ったより早く追いついちゃった」
「……また高輪先生がお怒りですか。どうするんですか、今日は庇いませんよ?」
「えっ、翠、それは薄情じゃない!?」
「そんなことないでしょう。庇わないというのも、立派な温情だと思いますが」
がーんとショックを受けた私に、さらっと返してくる翠。
一つ後輩のくせして、なんだか人間ができてる気がするのは私だけでしょうか。
……って、やばいやばい、こうしてる暇ないんだってば。
「なんか立派なこと言っちゃってーーーーーーんもう!」
もう奥の手使っちゃうんだからね!
私は流れるような動作で自分の着ている白衣の胸ポケットから、とある小瓶を取り出す。
きゅぽん!
コルク栓が取れる乾いた音。
そして私は口の空いたそのビンの中に入っていた、少しピンクで乳白色の液体を躊躇い一つなく呑み込んだ。
ごくん!
「東雲先輩、それはいったい何です、……んむッ⁉」
私の挙動を見守っていた翠が、言葉を詰まらせ不意に目を剝く。
なぜって、——————私が突然翠のネクタイを手繰り寄せて、その唇にキスしたから。
「~~~~~~⁉」
至近距離になって初めて、眼鏡の奥、色素の薄い茶色の瞳が私を捉えているのが分かる。
でも、それよりも目の前で繰り広げられる不可解な出来事に、翠は驚いてくれているようだった。
ふふ、それなら「これ」を開発した甲斐があるってものです。
それから間髪入れずに、高輪先生がやってきて、同じように角をぎゅいっと曲がってこちらにやってくる。
息が切れちゃってもう、無理しない方が良いのに……と私は少し呆れ気味。そんなこと本人に言ったら、張り倒されそうだけど。
「東雲、そこにいるのはわかっている、覚悟しろ! ーーーーーっとびっくりした、そこでつっ立たれると怖いな……やぁ、市澤。」
「……ご無沙汰しています、高輪先生」
高輪先生は、怒り鬼顔から一転、ちょっと優しい表情を取り戻して、私、東雲あやなが所属する「科学部」の後輩、市澤翠に挨拶する。
翠は、私がさぼりまくって提出物を提出しないために怒り心頭な高輪先生に、少しこわばった表情で挨拶を返す。
「—————あいつ、来ただろ」
「……まぁ、はい」
「今日は素直だな」
「まぁ、はい。毎回しらばっくれる時間が無駄ですからね」
「相変わらずクールだな」
「はぁ、まい」
「それはちょっとしくじってないか?」
「いぁまは」
「……お前のそういうところ好きだぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
能面でボケる翠相手に、高輪先生が相好を崩した。
どうやら私のことを毎回追い掛け回してやってくる高輪先生と、それに応対する翠とで謎の信頼関係が生まれているらしい。
——————私にもそのやさしさを向けてくれればいいのに!
ってヤバイ、目が合った気がする。
私はもぞもぞと高輪先生の視線から逃れるように身をよじる。
拍子に、先生には聞こえないくらいの声量で、翠が「んっ」と小さく呻いた。
「……? どうした、市澤」
「いえ、気にしないでください」
「そうか。後ろには————どうやらかくまってないみたいだな」
「そりゃぁまぁ、流石に」
起こられた私が高身長の翠の後ろに隠れるのは、まだ高輪先生が翠の威圧感に気おされて引き下がっていた時に、よく使っていた手法だ。
何回目かで高輪先生が、翠の無害さに気が付いて、ひょいっと後ろを覗き込んできたときは、容赦なく耳を引っ張って私を指導室に突っ込んで、下校のチャイムが鳴っても開放してくれなかった。あれは地獄だったな……。
まぁ、私が馬鹿の一つ覚えみたいに毎回翠の後ろに隠れると思ったら大間違いです。
……先生に怒られてるのは馬鹿じゃないのかっていうのは置いておいて(再)。
翠の後ろを確認し、廊下の行き止まりの、灰色穴を確認した高輪先生は、廊下に面した教室ーーーーー科学研究室の入り口の取手に手をかけた。
「ちょっと部屋にも入らせてもらうぞ?」
「はい。—————取扱注意の薬品があるのでお気を付けください」
「あぁ。……おい、東雲!」
「大声も控えてください、繊細なガラス製品とか置いてあるので」
「あ、すまん。ーーーーーったく、あいつがおとなしくしてりゃ、ここに入る必要もないんだが……」
翠にすぱっと怒られて、頭をかきかき高輪先生は科学研究室をぐるりと一周する。
備え付けの掃除ロッカーや机の下なんかも覗き込み、再び廊下に出てきて首を傾げる。
「おかしいな、確かにここを曲がったはずなんだが」
「そうですね」
こくりと頷く翠。
「市澤も、見たって言ったよな」
「はい」
「どこにいるかは、教えてくれないのか?」
「まぁ、そこは先輩の顔を立てようかと」
「〜〜〜〜〜しょうがないな、今日は諦めるか……ちくしょう」
居場所を知っているのに、それについては口を割ろうとしない翠の返事に、高輪先生はもう一度頭をぽりぽりと掻いてから踵を返した。
「お前も大概甘い後輩だよな」
「先生もでしょう」
廊下にどわーっと響き渡るのは、英語の先生の怒鳴り声。
高身長にチリチリパーマ頭が印象的で、いつも真っ赤に目を引くジャージを上下に着こんでいる、高輪先生だ。
顔はまぁまぁイケメンなのに、怒り顔があまりにも鬼で、大なしじゃないかと思っちゃう。
まあ、そうさせてるのは私なわけですが。
「やーだよッ!」
高輪先生の怒号に向かってんべっと舌を突き出してから、そっぽを向いて走り出すのが、ご挨拶が遅れました、私、東雲あやな。
とある科目だけがだーいすきで、それ以外の授業は全部さぼっちゃう、所謂不良娘というやつなのです。
ちゃんと学校に来てることだけ、評価してほしいけどね!
……学校に出てるのに、提出物を出していないから追っかけまわされてるんじゃないのか、という突っ込みは後にしてもらって。
「先生に向かってやーだよっとは何だ、ふざけるな! というか、止まれぃッ!」
「止まれと言われて止まる馬鹿は居ないと思いますーーー!」
「止まれと言われるだけのことをしてる馬鹿がお前だろうが!」
高輪先生の正論&怒号。
あまりにうるさいから、廊下や教室にいる人たちが、なんだなんだとこちらに関心を向けているのが分かる。
普通の人ならここで恥ずかしさでまいっちゃうかもしれない。
でも私にはちっとも効かない。
だって、私の行く先には、だーい好きな「あれ」が待っているから!
「おい、東雲—————っ、おまえ、百メートル走は遅いくせして、なんでそんな走るの早いんだ! ってか、廊下は走るな!」
「先生だって走ってるじゃん! 普段は、本気出してないだけだもーん。……っとと」
高輪先生の怒りの声がだんだん小さくなっていって、十分に引き離したな、と思ったところで、私は目的の場所に辿り着いた。廊下の角をぎゅいッと曲がって、それからそこに立っていた人物を見上げて目を輝かせる。
「翠《みどり》! 出てきてくれたの!」
「……まあそりゃ、東雲先輩の叫び声が、部屋からも聞こえましたから」
私の呼びかけに対して、目の前の青年……栗色のマッシュ髪に、分厚い丸眼鏡、制服の上から白衣を羽織った市澤翠が困り眉を浮かべる。
私よりもはるかに高身長だけど、少し猫背気味で肩が中に入っているから、態度は小さめ。
そして、私の大事な大事な後輩が、わざわざ部屋から出てきて私を迎え入れてくれたってだけで、私はうれしさがこみあげてくるようだった。
あ、翠が一体何の後輩かっていうと、……。
「こらー! 東雲、お前またそこに逃げ込むつもりだな⁉」
「わっ、やば、思ったより早く追いついちゃった」
「……また高輪先生がお怒りですか。どうするんですか、今日は庇いませんよ?」
「えっ、翠、それは薄情じゃない!?」
「そんなことないでしょう。庇わないというのも、立派な温情だと思いますが」
がーんとショックを受けた私に、さらっと返してくる翠。
一つ後輩のくせして、なんだか人間ができてる気がするのは私だけでしょうか。
……って、やばいやばい、こうしてる暇ないんだってば。
「なんか立派なこと言っちゃってーーーーーーんもう!」
もう奥の手使っちゃうんだからね!
私は流れるような動作で自分の着ている白衣の胸ポケットから、とある小瓶を取り出す。
きゅぽん!
コルク栓が取れる乾いた音。
そして私は口の空いたそのビンの中に入っていた、少しピンクで乳白色の液体を躊躇い一つなく呑み込んだ。
ごくん!
「東雲先輩、それはいったい何です、……んむッ⁉」
私の挙動を見守っていた翠が、言葉を詰まらせ不意に目を剝く。
なぜって、——————私が突然翠のネクタイを手繰り寄せて、その唇にキスしたから。
「~~~~~~⁉」
至近距離になって初めて、眼鏡の奥、色素の薄い茶色の瞳が私を捉えているのが分かる。
でも、それよりも目の前で繰り広げられる不可解な出来事に、翠は驚いてくれているようだった。
ふふ、それなら「これ」を開発した甲斐があるってものです。
それから間髪入れずに、高輪先生がやってきて、同じように角をぎゅいっと曲がってこちらにやってくる。
息が切れちゃってもう、無理しない方が良いのに……と私は少し呆れ気味。そんなこと本人に言ったら、張り倒されそうだけど。
「東雲、そこにいるのはわかっている、覚悟しろ! ーーーーーっとびっくりした、そこでつっ立たれると怖いな……やぁ、市澤。」
「……ご無沙汰しています、高輪先生」
高輪先生は、怒り鬼顔から一転、ちょっと優しい表情を取り戻して、私、東雲あやなが所属する「科学部」の後輩、市澤翠に挨拶する。
翠は、私がさぼりまくって提出物を提出しないために怒り心頭な高輪先生に、少しこわばった表情で挨拶を返す。
「—————あいつ、来ただろ」
「……まぁ、はい」
「今日は素直だな」
「まぁ、はい。毎回しらばっくれる時間が無駄ですからね」
「相変わらずクールだな」
「はぁ、まい」
「それはちょっとしくじってないか?」
「いぁまは」
「……お前のそういうところ好きだぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
能面でボケる翠相手に、高輪先生が相好を崩した。
どうやら私のことを毎回追い掛け回してやってくる高輪先生と、それに応対する翠とで謎の信頼関係が生まれているらしい。
——————私にもそのやさしさを向けてくれればいいのに!
ってヤバイ、目が合った気がする。
私はもぞもぞと高輪先生の視線から逃れるように身をよじる。
拍子に、先生には聞こえないくらいの声量で、翠が「んっ」と小さく呻いた。
「……? どうした、市澤」
「いえ、気にしないでください」
「そうか。後ろには————どうやらかくまってないみたいだな」
「そりゃぁまぁ、流石に」
起こられた私が高身長の翠の後ろに隠れるのは、まだ高輪先生が翠の威圧感に気おされて引き下がっていた時に、よく使っていた手法だ。
何回目かで高輪先生が、翠の無害さに気が付いて、ひょいっと後ろを覗き込んできたときは、容赦なく耳を引っ張って私を指導室に突っ込んで、下校のチャイムが鳴っても開放してくれなかった。あれは地獄だったな……。
まぁ、私が馬鹿の一つ覚えみたいに毎回翠の後ろに隠れると思ったら大間違いです。
……先生に怒られてるのは馬鹿じゃないのかっていうのは置いておいて(再)。
翠の後ろを確認し、廊下の行き止まりの、灰色穴を確認した高輪先生は、廊下に面した教室ーーーーー科学研究室の入り口の取手に手をかけた。
「ちょっと部屋にも入らせてもらうぞ?」
「はい。—————取扱注意の薬品があるのでお気を付けください」
「あぁ。……おい、東雲!」
「大声も控えてください、繊細なガラス製品とか置いてあるので」
「あ、すまん。ーーーーーったく、あいつがおとなしくしてりゃ、ここに入る必要もないんだが……」
翠にすぱっと怒られて、頭をかきかき高輪先生は科学研究室をぐるりと一周する。
備え付けの掃除ロッカーや机の下なんかも覗き込み、再び廊下に出てきて首を傾げる。
「おかしいな、確かにここを曲がったはずなんだが」
「そうですね」
こくりと頷く翠。
「市澤も、見たって言ったよな」
「はい」
「どこにいるかは、教えてくれないのか?」
「まぁ、そこは先輩の顔を立てようかと」
「〜〜〜〜〜しょうがないな、今日は諦めるか……ちくしょう」
居場所を知っているのに、それについては口を割ろうとしない翠の返事に、高輪先生はもう一度頭をぽりぽりと掻いてから踵を返した。
「お前も大概甘い後輩だよな」
「先生もでしょう」

