学校一の王子様は、私にだけ甘すぎる。


「ねえ、茜。もう認めなよ」

昼休み、屋上に続く階段の踊り場で、果穂は呆れたような顔で腕を組んでいた。

「認めるって、何を」

「一条くんが、茜のこと好きだってこと」



あまりにまっすぐな言葉に、茜は思わず変な声を出しそうになった。

「そ、そんなわけないでしょ。私なんかと、あの一条くんが」

「私なんか、って何。茜のどこが『なんか』なの」

「だって……特別、何もないし。成績も普通だし、可愛いわけでもないし」

「それ、誰目線?」

「え?」

「私は昔から知ってるけど、茜って人の話ちゃんと聞くし、困ってる子放っておけないし、笑うと目が細くなるのすごい可愛いよ。少なくとも一条くんは、そこ見てると思うけど」

普段は茶化してばかりの果穂の、珍しく真剣な口調だった。茜は何も言い返せず、ただ視線を落とした。

「でも……」

「でも?」

「もし勘違いだったら、って思うと」

その先は、言葉にするのが怖かった。特別扱いされているのだと信じて、もしそれが自分の思い込みだったら。そう考えるだけで、胸の奥がきゅっと縮こまる。

果穂は少しの間黙ったあと、茜の肩をぽんと叩いた。

「まあ、無理に認めなくてもいいけどさ。ただ、目の前にあるものくらいは、ちゃんと見てあげてよ」



放課後のホームルームで、クラスは文化祭の出し物決めに沸いていた。黒板には「お化け屋敷」「喫茶店」「演劇」といった案が並び、それぞれに票が集まっていく。

「日向さんは何がいい?」

急に話を振られて、茜はどぎまぎしながら答えた。

「わ、私は……何でも」

「一条くんは?」

クラスの女子の一人が、待ってましたとばかりに蓮に話しかける。蓮は少し考えるそぶりを見せたあと、こう答えた。

「茜が楽しそうなものならなんでもいい」

教室が、一瞬しんと静まり返った。それから、誰かの「うわあ」という小さな声を合図に、あちこちで笑いとどよめきが起きた。

「な、なんで私基準なの!?」

茜が赤くなって抗議すると、蓮は不思議そうに首をかしげた。

「だめだった?」

「だめとかじゃなくて、みんなの前でそういうこと言うのやめて……」

「本当のことなのに」

あっさりとそう返されて、茜は二の句が継げなくなった。周りのクラスメイトたちが、生温かい目でこちらを見ているのが分かる。

結局、多数決で出し物は喫茶店に決まった。委員が役割分担のプリントを配る間、茜は自分の机に突っ伏して、火照った顔を隠していた。



帰り道、いつものように隣を歩く蓮に、茜は思い切って聞いてみた。

「ねえ、蓮くんって」

「うん?」

「私のこと、なんでそんなに構うの?」

聞いてしまってから、心臓が痛いくらいに鳴った。冗談めかして流されるかもしれない。誰にでもそうだと言われるかもしれない。そう思うと、聞いたことを少し後悔した。

蓮は少しの間、黙って前を向いたまま歩いていた。

「理由、聞きたい?」

「え……うん」

「じゃあ、もう少し待って」

「待つって、いつまで」

「ちゃんと言える時が来たら」

はぐらかされたような、でも突き放されたわけでもない答えだった。茜は釈然としないまま、それでも聞いてくれるならいいか、と自分を納得させた。

夕焼けに染まる通学路を、二人分の影が長く伸びていく。文化祭まで、あと二週間。

(今度こそ、ちゃんと確かめよう)

果穂の言葉を思い出しながら、茜は隣を歩く横顔を、もう一度そっと見上げた。