恐怖の絆


私は自由気ままに絵を描いたり麻婆豆腐を食べたりしてた。関節リウマチでプレドニンを飲み始め副作用としてムーンフェイスとなっていく。


音がしなくなった1回目、挨拶したことすら忘れた。途中から医師の説明聞いてたから。


再入院して音がしない異常さに気づき始めた私は、
母に、「あの子、ずっと静かやなー」と言った。


もう膝の関節痛とはおさらばしたかったからだ。
他には足の甲が腫れたり、薬指が腫れたりした。
扁桃腺が腫れてセフゾンに頼ってばかりいた。


「話に来たー…っ」


するとそこには、テレビに出てくるような美少年が佇んでいた。座って。痩せ細ってた。


髪は生えてて当時1○ットルの涙にでてくるような病気の子じゃなかった、


先生も週一回診に来る程度。どこが悪いのか見た目では分からなかった。その子の母親は義理の母親で似てなかった。交互に見て私は試されてると私の足をその場に縫い付けるほどの威力、ひしゃげた時、話終わったのかなと目が点となった。でも話しかけなければならない筈なのに意地悪な(作り上げた妄想)年子の妹の顔が浮かんでシーツサワサワ触り逃げた。


小5の時、扁桃腺をとって治療した。
病名はSAPHO症候群だった。


後に問題である、根本的な治療が始まるとは分からず
青春時代を無駄に過ごした。でもそれについてはここでは言及出来ない。図らずも、朝の四時まで支配されたのは確か。