草木が芽吹き始めた春先、私は高校一年生になった。
沢山の桜に包まれ靴箱まで歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「さーくら!」
後ろから抱きついて来る人なんて1人しかいない。私は呆れつつもその声に返事をする。
「もう、急に抱きつくと危ないでしょ。」
私の名前を呼んだのは、高山陽菜。中学生からの友達だ。私とは違って明るく天真爛漫な性格だった。
「クラス楽しみだね!」
いつの間にか前を歩いていた陽菜はくるりと振り返り笑顔で言った。
「緊張とかしないの?」
お気楽な陽菜の事だから、きっと何も考えてないんだろう。でも私は朝から憂鬱だった。
知り合いが少ない高校に入学をしたのは私だけど、やっぱり不安だった。
自己紹介で失敗したら?すでにグループが出来ていて輪に入れなかったら?そんな事ばかり考えてしまう。
「桜は考えすぎなんだよ〜!笑ってたら誰か話しかけてくれるよ!桜、めっちゃ可愛いし!」
いつもの調子で笑う陽菜。私もそんなふうに考えられたら良かったのにな。自信の無い自分に嫌気が差す。
「そんなことないよ。陽菜の方が可愛いし。」
そういうと、なんの疑いもせず陽菜は、
「ありがと!」
と、笑うのだ。私は、可愛いなんて言われたら「そんなことない」と否定してしまうけど、陽菜みたいに笑顔で感謝ができるのが普通なのかな。
だんだんと悪い方へ思考が傾いていく。
だめだ。考えたって答えが出ないことなんだから。
そう思って切り替えようとすると、突然、陽菜が大声を上げた。
「あっ!私と桜、別のクラスだ〜。一緒が良かったなぁ。」
私が1組、陽菜が3組だった。
「ほんとだ。でも登下校は一緒でしょ。」
そう言って陽菜を慰める。
「もちろん!!」
そう言って笑う陽菜に釣られて私も笑った。
陽菜の前だけは少しだけありのままの自分でいれて、楽だった。
だから、こうやって笑ってくれる陽菜には感謝してもしきれない。
「じゃあ、また帰りね。」
そう言って陽菜と別れる。教室に着いたら、なるべく大きな声で挨拶を心がけて、笑顔で席につく…そう心の中で何度も唱え、シミュレーションをした。
扉の前に着き、深呼吸を2回ほどして、扉を開ける。
「おはようございます。」
笑顔で言った。みんなが私に視線を向けて、恥ずかしさで消えたくなったけど、やっぱり友達を作りたいから、中学の時と同じように、明るくて、優しい私を作り上げる。そうすれば、何人かの子が話しかけてくれた。
予鈴がなり、席に着く。すると、横から新しい声が聞こえた。
「あのさ、花城、であってる?」
突然だったので驚いた。声の正体は、隣の席の男子だった。
「えっと、あってるよ。」
そう笑顔で返す。
「あ、俺は清水賢斗って言うんだけど…しばらくはこの席だからよろしく。」
そう言って人当たりのいい顔で微笑む。優しい人だと思った。もっと、この年齢の男子は、女子と話すのなんて…って言っているイメージだったから。
なんて返せばいいか分からず、ありきたりな返事を返した。
「うん。よろしく。」
その声が発し終わると同時にチャイムがなり、先生が入ってくる。
「おはよう。1組の担任を務めます。石本です。1年間よろしくね。」
男の先生だった。穏やかで、でも怒ったら怖そう。なんてみんな話していた。そんなことを考えていると声を掛けられた。
「ねえ、花城さん。」
びっくりしたあまり、すぐに返せず、沈黙が生まれた。
「えっ、あ、ごめん。なんの話?」
どうしよう。変な人って思われちゃったかな。そんな私の心配とは裏腹に彼は笑った。
「花城さんって面白いね。」
そう言った彼の顔は嘘をついている様子ではなかった。けど、私が面白いなんて…どうしてだろう。
「そうかな…あ、それでなんの話だったの?」
「自己紹介だって!とりあえず横の人と練習らしいよ。」
彼は丁寧に説明をしてくれた。
「ありがとう。えっと、自己紹介かぁ。」
正直いえば苦手だった。嫌いな自分を人前で紹介しないといけないなんて。私にとっては、それが何より難しいことだった。
「じゃあ、俺からいくね!名前はさっき言ったけど、清水賢斗で、運動が得意!人と話すことが好きかな。改めてよろしくね。」
先に言ってくれてたら助かった。私も同じようにしよう。
「私は、花城桜って言って、音楽を聴くことが好きだよ。こちらこそ改めてよろしくね。」
変なことは言ってないはず。好きなことだって共感しやすい内容にしたし、相手にも伝わりやすいだろう。
「花城さんって音楽好きなんだ!どんなのが好き?あ、俺はバンドとかのかっこいい曲が好きだよ!」
あまりの勢いに圧倒されていたが、質問されていたことを思い出し、焦って答える。
「バンドいいよね。私は、ピアノとかがメインの静かな曲が好きかな。」
「そうなんだ!俺は静かな曲聞いてると寝ちゃうんだよな〜!」
面白おかしく彼は言った。
「ふふっ。」
思わず笑みがこぼれた。すると彼は目を見開いて言った。
「花城さん、笑ってた方がいいよ!」
突然褒められたことにも驚いたが、笑っていた方がいいと言う言葉にも驚いた。私、いつも笑ってるはずなんだけどな…。
「そうかな…?いつも笑ってるつもりだったんだけど…」
しまった、と思った。この言い方じゃ責めているように聞こえなかっただろうか。
「笑ってるけど、ちゃんと笑ったのは初めてでしょ!」
清水くんはどうして分かるんだろう。中学でも、家でもバレたことなんてなかったのに。どうしよう。そんな気持ちが渦巻いて、うまく言葉が出なかった。
「あ、ごめん。嫌だった?俺、なんでも口にしちゃうから嫌だったらいつでも言って!」
そう言う彼の顔を見て、思った。私もこの人みたいになれたらな、なんて。
きっと私には無理だ。少なくとも、人前で上手く笑えない私では。
「ううん。大丈夫だよ。」
「そっか、でも無理しないでね。」
そう言われたって、嫌なことがあっても笑う癖は昔からだった。小学生の頃の私は、思ったことはなんでも言って、自分が間違ってるなんて1ミリも思っていなかった。
そんな私だったからだろう。高学年になる頃には、「わがまま」とか、「正直すぎ」とか色んなことを言われた。それがトラウマで中学からは失敗しないように、ミリ単位で口角を調整して、笑っている顔を作ったのに。高校初日から、バレるなんて思わなかった。完璧だったはずなのになんで分かったんだろう。
先生の話も耳に入らず流れに身を任せて帰る時間になった。
あれから彼は私に話しかけてこない。きっと変な人だと思ったんだろう。失敗しちゃったな、そう思って教室を出ようとすると、彼が私の前に来た。
そして、とびっきりの笑顔で言った。
「花城さん!また明日!」
あんなことがあったのに、話しかけてくれるんだ。
「うん。また明日。」
でもまぁ、明日になればきっと、この気まずさも無くなっているだろう。そう信じて陽菜の元へ歩く。
「あ、桜!」
陽菜の声だ。
「ごめん。待たせた?」
他の子と話していた陽菜はこっちへ走ってきた。
「ぜーんぜん!早く帰ろ!」
よかった。待たせたのかと思った。
「うん。帰ろ。」
今日あったことを話しながら帰り道を歩く。
陽菜の話はたまによく分からない部分もあるけど、面白かった。今日の自己紹介で一発ギャグをした男子がいたとか、担任の先生がつまづいていたとか、きっと他の人からすればしょうもない話を家に着くまで陽菜は話し続けた。
「あ、もう家だ!桜、また明日ね!」
陽菜が大きく手を振る。
「うん。また明日。寝坊しないようにね?」
「うん!任せてよ!」
そう言ってお互い家に向かって歩き出す。
玄関の扉を開ける。お母さんがもう帰っていた。
「ただいまー」
リビングにいるお母さんに聞こえるように言った。
「桜!おかえり。どうだった?」
心配そうに私を見るお母さん。
「楽しかったよ。友達もできたし。」
そう言って笑いかけるとお母さんは安堵した表情に変わった。
「もうご飯できてるから、手を洗ってきなさい。」
そう言ったお母さんに返事をして、洗面所へ向かう。
鏡に映った自分を見て思う。
いつから、こうなったんだろう。
いつまで、こうなんだろう。
なんて、考えて意味ないのにね。
自嘲気味に笑い、リビングへ戻った。
沢山の桜に包まれ靴箱まで歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「さーくら!」
後ろから抱きついて来る人なんて1人しかいない。私は呆れつつもその声に返事をする。
「もう、急に抱きつくと危ないでしょ。」
私の名前を呼んだのは、高山陽菜。中学生からの友達だ。私とは違って明るく天真爛漫な性格だった。
「クラス楽しみだね!」
いつの間にか前を歩いていた陽菜はくるりと振り返り笑顔で言った。
「緊張とかしないの?」
お気楽な陽菜の事だから、きっと何も考えてないんだろう。でも私は朝から憂鬱だった。
知り合いが少ない高校に入学をしたのは私だけど、やっぱり不安だった。
自己紹介で失敗したら?すでにグループが出来ていて輪に入れなかったら?そんな事ばかり考えてしまう。
「桜は考えすぎなんだよ〜!笑ってたら誰か話しかけてくれるよ!桜、めっちゃ可愛いし!」
いつもの調子で笑う陽菜。私もそんなふうに考えられたら良かったのにな。自信の無い自分に嫌気が差す。
「そんなことないよ。陽菜の方が可愛いし。」
そういうと、なんの疑いもせず陽菜は、
「ありがと!」
と、笑うのだ。私は、可愛いなんて言われたら「そんなことない」と否定してしまうけど、陽菜みたいに笑顔で感謝ができるのが普通なのかな。
だんだんと悪い方へ思考が傾いていく。
だめだ。考えたって答えが出ないことなんだから。
そう思って切り替えようとすると、突然、陽菜が大声を上げた。
「あっ!私と桜、別のクラスだ〜。一緒が良かったなぁ。」
私が1組、陽菜が3組だった。
「ほんとだ。でも登下校は一緒でしょ。」
そう言って陽菜を慰める。
「もちろん!!」
そう言って笑う陽菜に釣られて私も笑った。
陽菜の前だけは少しだけありのままの自分でいれて、楽だった。
だから、こうやって笑ってくれる陽菜には感謝してもしきれない。
「じゃあ、また帰りね。」
そう言って陽菜と別れる。教室に着いたら、なるべく大きな声で挨拶を心がけて、笑顔で席につく…そう心の中で何度も唱え、シミュレーションをした。
扉の前に着き、深呼吸を2回ほどして、扉を開ける。
「おはようございます。」
笑顔で言った。みんなが私に視線を向けて、恥ずかしさで消えたくなったけど、やっぱり友達を作りたいから、中学の時と同じように、明るくて、優しい私を作り上げる。そうすれば、何人かの子が話しかけてくれた。
予鈴がなり、席に着く。すると、横から新しい声が聞こえた。
「あのさ、花城、であってる?」
突然だったので驚いた。声の正体は、隣の席の男子だった。
「えっと、あってるよ。」
そう笑顔で返す。
「あ、俺は清水賢斗って言うんだけど…しばらくはこの席だからよろしく。」
そう言って人当たりのいい顔で微笑む。優しい人だと思った。もっと、この年齢の男子は、女子と話すのなんて…って言っているイメージだったから。
なんて返せばいいか分からず、ありきたりな返事を返した。
「うん。よろしく。」
その声が発し終わると同時にチャイムがなり、先生が入ってくる。
「おはよう。1組の担任を務めます。石本です。1年間よろしくね。」
男の先生だった。穏やかで、でも怒ったら怖そう。なんてみんな話していた。そんなことを考えていると声を掛けられた。
「ねえ、花城さん。」
びっくりしたあまり、すぐに返せず、沈黙が生まれた。
「えっ、あ、ごめん。なんの話?」
どうしよう。変な人って思われちゃったかな。そんな私の心配とは裏腹に彼は笑った。
「花城さんって面白いね。」
そう言った彼の顔は嘘をついている様子ではなかった。けど、私が面白いなんて…どうしてだろう。
「そうかな…あ、それでなんの話だったの?」
「自己紹介だって!とりあえず横の人と練習らしいよ。」
彼は丁寧に説明をしてくれた。
「ありがとう。えっと、自己紹介かぁ。」
正直いえば苦手だった。嫌いな自分を人前で紹介しないといけないなんて。私にとっては、それが何より難しいことだった。
「じゃあ、俺からいくね!名前はさっき言ったけど、清水賢斗で、運動が得意!人と話すことが好きかな。改めてよろしくね。」
先に言ってくれてたら助かった。私も同じようにしよう。
「私は、花城桜って言って、音楽を聴くことが好きだよ。こちらこそ改めてよろしくね。」
変なことは言ってないはず。好きなことだって共感しやすい内容にしたし、相手にも伝わりやすいだろう。
「花城さんって音楽好きなんだ!どんなのが好き?あ、俺はバンドとかのかっこいい曲が好きだよ!」
あまりの勢いに圧倒されていたが、質問されていたことを思い出し、焦って答える。
「バンドいいよね。私は、ピアノとかがメインの静かな曲が好きかな。」
「そうなんだ!俺は静かな曲聞いてると寝ちゃうんだよな〜!」
面白おかしく彼は言った。
「ふふっ。」
思わず笑みがこぼれた。すると彼は目を見開いて言った。
「花城さん、笑ってた方がいいよ!」
突然褒められたことにも驚いたが、笑っていた方がいいと言う言葉にも驚いた。私、いつも笑ってるはずなんだけどな…。
「そうかな…?いつも笑ってるつもりだったんだけど…」
しまった、と思った。この言い方じゃ責めているように聞こえなかっただろうか。
「笑ってるけど、ちゃんと笑ったのは初めてでしょ!」
清水くんはどうして分かるんだろう。中学でも、家でもバレたことなんてなかったのに。どうしよう。そんな気持ちが渦巻いて、うまく言葉が出なかった。
「あ、ごめん。嫌だった?俺、なんでも口にしちゃうから嫌だったらいつでも言って!」
そう言う彼の顔を見て、思った。私もこの人みたいになれたらな、なんて。
きっと私には無理だ。少なくとも、人前で上手く笑えない私では。
「ううん。大丈夫だよ。」
「そっか、でも無理しないでね。」
そう言われたって、嫌なことがあっても笑う癖は昔からだった。小学生の頃の私は、思ったことはなんでも言って、自分が間違ってるなんて1ミリも思っていなかった。
そんな私だったからだろう。高学年になる頃には、「わがまま」とか、「正直すぎ」とか色んなことを言われた。それがトラウマで中学からは失敗しないように、ミリ単位で口角を調整して、笑っている顔を作ったのに。高校初日から、バレるなんて思わなかった。完璧だったはずなのになんで分かったんだろう。
先生の話も耳に入らず流れに身を任せて帰る時間になった。
あれから彼は私に話しかけてこない。きっと変な人だと思ったんだろう。失敗しちゃったな、そう思って教室を出ようとすると、彼が私の前に来た。
そして、とびっきりの笑顔で言った。
「花城さん!また明日!」
あんなことがあったのに、話しかけてくれるんだ。
「うん。また明日。」
でもまぁ、明日になればきっと、この気まずさも無くなっているだろう。そう信じて陽菜の元へ歩く。
「あ、桜!」
陽菜の声だ。
「ごめん。待たせた?」
他の子と話していた陽菜はこっちへ走ってきた。
「ぜーんぜん!早く帰ろ!」
よかった。待たせたのかと思った。
「うん。帰ろ。」
今日あったことを話しながら帰り道を歩く。
陽菜の話はたまによく分からない部分もあるけど、面白かった。今日の自己紹介で一発ギャグをした男子がいたとか、担任の先生がつまづいていたとか、きっと他の人からすればしょうもない話を家に着くまで陽菜は話し続けた。
「あ、もう家だ!桜、また明日ね!」
陽菜が大きく手を振る。
「うん。また明日。寝坊しないようにね?」
「うん!任せてよ!」
そう言ってお互い家に向かって歩き出す。
玄関の扉を開ける。お母さんがもう帰っていた。
「ただいまー」
リビングにいるお母さんに聞こえるように言った。
「桜!おかえり。どうだった?」
心配そうに私を見るお母さん。
「楽しかったよ。友達もできたし。」
そう言って笑いかけるとお母さんは安堵した表情に変わった。
「もうご飯できてるから、手を洗ってきなさい。」
そう言ったお母さんに返事をして、洗面所へ向かう。
鏡に映った自分を見て思う。
いつから、こうなったんだろう。
いつまで、こうなんだろう。
なんて、考えて意味ないのにね。
自嘲気味に笑い、リビングへ戻った。
