光のそばで 〜及川蒼真が見た景色〜

昼過ぎ。

外科カンファレンスが終わったところで、藤崎先生に呼び止められた。


「及川」

「はい」

「今日の午後、症例検討の資料、見せて」

「はい」

「あと、昨日の術後管理の記録も」

「はい」

「それから、今週担当している患者さんの方針を一度整理しておこうか」

「……はい」


多い。

明らかに多い。


いや、どれも必要なことではある。

症例検討の資料を指導医に確認してもらう。

術後管理の記録を見直す。

担当患者の治療方針を整理する。

全部正しい。

全部、レジデントとしてやるべきことだ。


ただ。


今日に限って、妙に丁寧な気がする。


――まさか。


少しくらい、私情が入っていたりして。


いや。

気のせいだと思いたい。


* * *


及川は準備した資料を持って、藤崎先生のもとへ向かった。


「お願いします」

「うん」


藤崎先生は資料に目を通していく。

表情は穏やかだった。

声もいつも通り。


「ここ、根拠は?」

「えっと、検査値と腹部所見から」

「画像所見は?」

「あ、画像は」

「確認した?」

「しました」

「どのスライス?」

「……」


及川は黙った。

藤崎先生が顔を上げる。


怒ってはいない。

ただ、静かにこちらを見ている。


「見た、じゃなくて、説明できるようにしておこう」

「……はい」


正論だった。

完全に正論だった。


「ここも。抗菌薬を継続する理由は?」

「炎症反応がまだ」

「下がってきてるよね」

「はい」

「じゃあ、何を見て続ける?」

「……」

「考えようか」

「はい」


優しい。

声はものすごく優しい。

なのに、逃げ場がない。


しかも、聞かれていることは全部必要なことだった。


まさか、本当にさっきの件を根に持ってる?

いやいや。

藤崎先生に限って、そんな。


「及川」

「はい」

「疲れてる?」

「いえ」

「顔に出てる」

「先生のせいです」


言ってから、及川は固まった。


また、心の声が出た。


藤崎先生が、少しだけ笑った。


「俺?」

「……いえ」

「俺、何かしたかな」

「何でもないです」


藤崎先生は何事もなかったように、資料へ視線を戻した。


「じゃあ、この部分、今日中に直して」

「はい」

「あと、明日の朝までに画像所見もまとめて」

「はい」

「週末の症例検討、及川が発表しようか」

「……はい?」


思わず顔を上げた。

藤崎先生は、穏やかに微笑んでいる。


「いい症例だから」

「いや、でも」

「勉強になるよ」

「……はい」


正しい。

どこまでも正しい。


「及川、良かったな。面倒見の良い藤崎の指導を受けられて」


二人のやり取りを聞いていた相良先生まで、藤崎先生を持ち上げてくる。


いや、面倒見が良いのは事実だろうけど。


絶対、私情も入ってるだろ!


及川は心の中で叫んだ。