愛しのオオカミ

ホームにつくと、修は本を取り出して読み始めた。
美紀は、そのまま隣に立って下を向いている。


(…どうしよう…話していいのかな…でも…話し続かないし……)


もじもじと動かしていた指をキュッと結ぶが、まだ顔を上げられてないでいた。


「赤かったな、目」

「…えっと…ご、ごみが入っちゃって…強く擦ったから……」


急に話しかけられたため、ビクッと肩が跳ねると、ポツポツと言い訳のように言葉を落とした。


「…そうか」

「…うん…」

「俺を見ないのはそのせいか?」


思ってもいない言葉に顔を上げ、修を見ると本を閉じて、前を向いていた。
またすぐに下を向いた美紀は、なぜか顔が熱くなるのを感じる。


「…ちょっと違う…かな…」

「……」

「私も…亮太くんみたいに、黒井くんを笑わせたい…なって……ちょっと思った…」


ふと、うららの笑っていた顔と、後ろから見えた修の微かな笑みが頭を過った。


(…変なの…黒井くんのこと、ちょっと怖いって思ってたのに……)


自分の言葉と気持ちが反対なことに気付いた美紀は、恥ずかしくなって口をつぐんでしまった。
余計に修の顔を見られなくなる。

電車が到着する放送が流れたあと、美紀たちが乗る電車がホームに入ってきた。
すると、修が美紀へ視線を向けて、口を開いた。


「…土師は見るんだな」


電車追い風の音と重なる修の言葉は、美紀には届かなかった。
そして、扉が開くと、修と美紀の間を電車から降りてきた乗客が通る。

人混みに隠れてしまう美紀に対して、高身長の修は美紀を見失わないよう視線を送った。
ようやく人混みが掃けると、自分たちが乗る。

沈黙に包まれながらも、入り口付近に立つ美紀と、対面で立つ修。
修のあまりの近さに、美紀の鼓動は速かった。


(あ…また……)


自販機での出来事を考えないように、亮太との会話のやり取りを思い出すようにした美紀。
ガタンッと揺れると、修の方へ体が傾いた。

何も言わず支えてくれる修を、ようやく見上げると、目が合った。


「……っ、ご、ごめんね…!」

「……」


しかし、パッと逸らしてすぐに修から離れるが、もう一度顔を上げる。


「あのっ…テスト…頑張ろう、ね…」

「…あぁ…」


鋭くも冷たい修の目に、声は小さくなった。
そして、自分の降りる駅に着くと、美紀は挨拶をして降りていった。

電車のドアが閉まり、動き出しても、修に振り返らずにいたが、車両が見えなくなるころに振り返って見送った。