愛しのオオカミ

2年3組の静かな教室のドアを開ければ、少しばかりモワッとした空気を感じた。
すぐに窓へ向かうと、一つずつ開けて、風通しを良くする。

そして、自分の席にバッグを置くと、後ろの棚に置いてある花瓶を取った。
そのまま廊下に出て手洗い場に行くと、花瓶に挿さっている花を取り上げ、水を替えた。

花瓶に注がれる新しい水を、ぼんやりと見つめる美紀。
少しだけ鼻に落ちる眼鏡の縁を上げると、水道の蛇口を捻って水を止めた。

優しく花を挿して教室に戻る。


「お。押花ちゃん、おはよー」

「…土師(はじ)くん…。おはよう」

「なはは。オレまた二番だね〜押花ちゃん何時に起きてんの?」

「…たぶん、土師くんと変わらない時間だよ…」


美紀の席の斜め前に座り、ニパッと笑うのは、土師亮太(はじりょうた)。
パーマがかった茶色の髪に、柔らかな雰囲気をまとった男子生徒。

構わず花瓶を元の場所へ置いた。

自分の席に戻った美紀は、バッグから本を取り出してしおりを挟んでいたページを開く。
亮太も特に話しかけることはなく、静かな教室に風が吹く中で、美紀は読書に更けた。

しばらくすれば、パラパラと教室に同級生が入ってくる。
気づけば、土師を囲んで楽しげな笑い声が、教室に広まった。


「押花さん、おはよう!」

「おはよう〜押花さん」

「…おはよう…」


美紀は本から顔を離すと、視線を逸らしつつ、小さく挨拶を交わした。
一日が始まる予鈴が鳴り、生徒たちは自分の席へ着席する。

女性の担任が入ってくると、出欠を確認し、連絡事項を伝えた。
すると、名簿を見ながら、生徒の視線をドアの方へ送るため手で促した。


「え~、先日話していた転校生を紹介します。入ってきてー」


ざわつきだす生徒たちは、期待交じりの言葉をひそひそと交わした。

ガラッと教室のドアを開けて入ってきたのは、長身の黒髪に、キリッとした目元をした男子生徒。
誰もが息をのむほどの整った容姿に、一瞬の静けさが流れる。


「黒井です」


途端に女子生徒が笑みをこぼしながら、微かに聞こえる程度の会話を始めた。
男子生徒は、呆れるような表情を見せたり、一気に興味を示さなくなったりと、反対の様子を見せる。


「え~と、黒井修(くろいしゅう)くんね、みんなちゃんと迎えてあげてね~。それじゃあ、席は…押花さんの後ろに座ってもらおうかしら。あそこの空いてる席に座ってくれる?」

「……」


修は、黙って歩き出して列の間を通れば、美紀の横を通り過ぎた。
着席した修を見て、両サイドの女子生徒が声をかける。


「黒井くん、よろしくね!」

「……」


特に何も返事をしない修は、バッグからノートと教科書などを取り出した。