愛しのオオカミ

そのまま昼休みになると、美紀は莉奈へMINEで断りの連絡を入れて、立ち上がって教室を出た。
普通に歩いていた足は、いつしか駆け出しており、そのまま別棟の方へ向かう。

ほとんど人がこない屋上近くの階段までくると、肩で息をしながら、階段に腰かけた。


「………」


階段でも膝を抱えていると、にじみ出てくる涙を袖で拭く。
静まり返っているはずの場所なのに、人の歩く足音が聞こえてきた。

立ち去ろうと顔を上げると、ちょうど曲がり角から人が出てきた。


「…黒井くん…」

「……」


修と視線が合うと、黙って自分の方に来て、立ち止まる。
なかなか顔を上げられずにいると、桃のジュースが差し出された。


「…え……」

「…昼、食えないなら、飲め」


美紀が受け取ったのを確認すると、当たり前のように美紀の隣に腰かける修。
自分の分の飲み物、スポーツ飲料を飲むと、美紀の足元に置いた。


「…黒井くん、なんでいるとこ、わかるの?」

「………」


何も答えない代わりに、今度は本が差し出される。


「読んだ」

「…え…もう…?」

「現代ものが良かった」

「そ…っか…」


力なく笑うと、本を受け取って、パラパラとページをめくった。


「ファンタジーや短編も良かったけど、現代ものの方がストレートな表現があって良いと思った。あとは、登場人物のギャップ」

「ギャップ……ふっ」

「…?」


ふき出してクスっと笑った美紀を見る修。


「あ、ごめんね。黒井くんにはそんな風に感じたんだって…ちょっとおもしろくって…ふふ」

「……押花みたいだな」

「え?」


顔を上げて修と目を合わせると、小首を傾げた。


「本のことになると、人が変わる」

「…そう…かな…」

「物言いがストレートだ。あとは、一方的に話してくる」

「え!?ごめんね!?」


思わず勢いよく本を閉じて、顔を赤くする美紀。


(黒井くん、そんな風に思ってたんだ…恥ずかし…!)


「…俺はそっちの方が安心する」

「ありがとう…」

「飲まないのか?」

「え、あ…」


ペットボトルを取った修は、いつまでも膝の上にある桃ジュースをチラッと見た。
慌てて入れ替えるように、今度は本を膝に置いて桃ジュースを取ると、ストローを差した。

口の中に甘みが広がると、どこかほっとしてしまう。
そして、朝感じていた痛みが、もうないことに気付いた。


「その、ありがとう…黒井くん」

「…別に」


反対の手に持っていた本を広げると、黙々と読み始める修。
美紀も、渡された本を開いて、一緒に読書をした。


二人の様子を、曲がり角の手前で聞いていた亮太。
寄り掛かっていた壁から離れると、桃ジュースを片手に、来た道を戻って行った。