愛しのオオカミ

ずり落ちる眼鏡をかけ直し、自分の席に戻った美紀は、バッグから本を取り出して、読書を始める。
チラッと斜め前の亮太へ視線を向けると、男女の生徒に囲まれて笑っていた。

すぐに視線を本に戻して、続きを読んだ。


(…あ……同じとこ、読んじゃった…)


かすみそうになる視界に気付くと、ゴシゴシと目元を拭いた。
気を取り直し、予鈴が鳴るまで読書を続けようとしても、思い出したくない記憶が刺激される。






…ー


「美紀ちゃん美紀ちゃん!」

「なぁに?優香ちゃん」

「わたしね、美紀ちゃんのこと好き!大事な友達だよ!」

「わたしも…ー!」


小学生の頃、手を繋いで一緒に帰るほど、仲良しの優香ちゃん。
翌朝、学校に行って声をかける美紀。


「おはよう、押花さん」

「ゆ、優香ちゃん?なん…」

「押花さん!?もう名前呼びとか恥ずかしいよ~照れる!」

「……」


中学生の頃も、図書室通いで仲良くなった佳奈子ちゃんと笑い合った美紀。


「美紀ちゃん、ありがとう!もう大好き!一生友達でいる!」

「あはは…うん、私も…—」


週明け、いつものように本を返して、同じ席に座る佳奈子ちゃんに声をかけた。


「押花さん?どうかしたの?」

「え…いや…佳奈子ちゃん…?」

「ど、どうしたの?急に名前で…え?」

「……」





…ー



ギュッと目を閉じていた美紀の耳に、ようやく予鈴の音が聞こえてきた。
ゆっくりと目を開けると、担任が入ってきて、連絡事項を伝える。

そのままいつも通りに一限目がスタートした。


ズキン…ズキン……


美紀は頭痛のようなものを感じた。
黒板に書かれる内容を、ノートに書き写している間も、嫌な記憶が繰り返し流される。

書き取りのために下を向いた際に、ポタッと一粒の水滴が落ちた。


「……」


消しゴムで消すふりをしたあと、袖で目元を拭った。


「じゃあ、ここの問いを…あー…押花さん、前に出て解いて」

「…はい…」


教員から指名されると、立ち上がって、黒板に向かう。
迷いなくチョークを取ると、すぐに式と答えを書いて席に戻った。


「はい、解き方も答えもバッチリ。えー、この問いの式ですが…ー」


解説に移る教員の言葉も耳に入ってこない美紀は、ただぼんやりと話を聞くだけだった。

しばらくして、授業の終わりの予鈴が鳴り、教員が退室して生徒たちのガヤガヤとした声が広まってくる。
本を取り出した美紀は、また挟んだしおりのページを開いて読書に耽った。