愛しのオオカミ

呆けたまま見つめる美紀から、とうとう顔を逸らした修。
その様子に、美紀も顔を逸らした。


(み、見すぎた…)


ふと、先日の電車内での修の言葉を思い出した美紀。


「あの、黒井くんはどうして私が降りる駅を知ってたの?」

「……」


美紀が聞いたあと、電車が到着する放送が流れた。
そして、修は美紀をじっと見つめると、口を開く。


「……ー」


同時に、電車がホームに入ってきた音でかき消された。


「ごめん、聞こえなかった」

「いや…別に」


それ以上何も言わず、修は電車に乗り込んだ。
美紀も慌てて乗り込むと、自分の足に躓いて体が倒れる。


「…っ、ご…ごめんね…」

「気をつけろ、って前に言っただろ」

「うん…」


修の腕に支えられながら、改めて立ち上がって体勢を整えた。
驚きからか、美紀の心臓はいつもより早い気がした。

そのまま修の横に立つと、手持ち無沙汰な手をもじもじとさせる。


「…えっと、な、なはは~黒井くんにおすすめの本、何にしようかな~?」

「なんだ?その話し方」

「………ごめんなさい、土師くんの真似…デス…」


真っ赤になって俯く美紀は、とんでもなく恥ずかしい気持ちになった。


(…真似すれば、上手く話せると思ったのにな……)


恥ずかしさから、少し涙目になり始めた美紀の頭に、修の手がポンと置かれる。


「押花の話は聞いてる」

「……うん…」

美紀の方は見ていないものの、修の言葉に嬉しくなる美紀。
もじもじしていた手は、ギュッと裾を握って、修を見上げた。


「山本先生の本、ファンタジーもあるんだけど…黒井くんはどんな内容が好き?」

「…山本先生の本は一冊しか読んだことないから、系統がわからない」

「じゃあ、今度二、三冊持ってくるから選んでくれる?」

「あぁ」


会話が続いたことも嬉しくて、美紀の口元は自然と緩んだ。
そのまま満足そうに終えた美紀を、修はチラリと見るが、何も言わず視線を戻す。


「降りるときは気をつけろ」

「うんっ…え?」


美紀が降りる駅名が表示されると、修の方を見た。


「早く降りろ。閉まるぞ」

「あ。また明日…!」


閉まる合図のベルが鳴りだすと、美紀は足元に注意しながら降りて、修へ振り返った。
修の鋭い視線と交差していた視線が、ゆっくりと閉まるドアで途切れる。


(…もう少し話したかったな…)


美紀は、名残惜しいような感覚を覚えながら、修の乗る電車を見送った。