愛しのオオカミ

最後の涙を拭いた美紀は、ふっと笑う。


「また明日ね、土師くん」

「ん、明日ね~。あ、勉強会も忘れないでね?」

「うん!約束する」


笑顔を見せて亮太に背を向けると、美紀は走って玄関口から去って行った。


「……」


亮太は、小さくなる後ろ姿を、ただじっと見つめていた。







「はぁっ、はっ、はぁっ…!」


駅の構内につけば、隅っこの方で息を整える美紀。
額の汗を袖で拭うと、眼鏡を外してケースに入れた。

電光掲示板の時間を確認すると、最後に深呼吸をして改札を通る。

少し気落ちしたままホームに続くエスカレーターに乗った。


「………!」


ホームの床が見えてくると同時に、黒髪の男子生徒、修が立ったまま本を読んでいるのが見えた。
エスカレーターを降りる美紀は、一瞬、立ち止まりかけるが、ゆっくりと修に近づく。


「……」

「あ…えっと…」


修が視線を向けると、美紀は止まった。
また鋭い眼差しが美紀に向けられ、美紀の体に緊張が走った。


「押花か。一瞬わからなかった」

「…眼鏡…邪魔だったから…」


慌てて眼鏡ケースを取り出そうと、バッグに手を突っ込んでいると、修の手が目元に触れた。


「赤い」


その行動と言葉に、ビクッと肩が跳ねる美紀は、修から視線を逸らす。


「擦ったのか?」

「…っ…えぁ…な、何でもないよ…!」


一瞬の出来事なのに、自分の顔が熱いのか、修の手が熱いのかわからないくらいだった。
修は構わず、持っていた本を持ち直して、本を読み始めた。


(…今は私の顔が熱い…よね…)


両頬に手を添える美紀は、先ほど入れた眼鏡を取り出してかける。


「黒井くんは、関先生以外にも、好きな本あるの?」

「…山本…」

「山本信彦先生!?面白いよね!推理小説よりのミステリーな感じがあって、登場人物の裏がある顔が…ご、ごめん…読書中に…」


ハッとする美紀は、ひとりで盛り上がっていることに気付き、大人しくなった。
ページをめくった修は、しおりを挟んで閉じると、バッグに入れた。

そして、ポケットに手を入れて、真っすぐ前を見つめる。


(…どうしよう…話しててもいい……のかな…)


「シリーズものか?」

「え!?う、ん…でも、一冊読み切りの方が多いよ…」

「そうか。山本先生の本、おすすめがあったら教えてくれ」

「…うん!」


真っすぐ前を見て話す修を見上げると、微笑んで頷く美紀。


「本友達だ…」

「ほん…?」

「あっ、口に出てた!?…本好きな友達って言っていいのかなって…」

「………」


頷いた美紀はおずおずと修を見上げると、口元を手で隠している。


「ふ、普通に友達でいいだろ…」


しかし、手のすき間から見える顔は、少し赤くなっているのが見えた。