愛しのオオカミ


低く呟く亮太は、なおも鈍い眼差しで、上級生の腕をギリギリと捻っていた。


「い、っってぇえ!!」

「…は、土師くん…!」

「……せーんぱい!冗談ですって~!最近、護身術に興味あって。どうすか?」

「土師…っ!」

「…やだなぁ…」


後ろでハラハラと見守る美紀を置いて、亮太は上級生の耳元で、低く囁いた。


「お前のもんじゃねぇんだよ。…次は喉元、捻るぞ」

「……っ…」

サーッと青ざめる上級生は、カタカタと震えて亮太を見上げる。
そして、亮太はニパッと笑って手を振りだした。


「さ!先輩、早く帰った方がいいすよ!あ、荷物教室すか?オレ、ついていきましょうか?」

「い、いいぃいぃ!!行ける!自分で行く!!」

「気ぃつけてくださいね~!」


走って逃げだす上級生を見送ると、手を下ろしてゆっくりと美紀へ振り向く亮太。
ようやく肩で息することも落ち着いていたが、頬に赤みを帯びて、心配そうに見つめてくる美紀から、目を逸らすように笑った。


「先輩忙しいねっ」

「あ…ありがとう…」

「言ったじゃん。押花ちゃんのピンチ遭遇率は校内イチって」


ニコニコと笑う亮太を見て、ホッとした美紀は、コクリと頷いた。


「…ごめん、もうちょっと早く来ればよかったね…怖かったっしょ?」

「だ、大丈夫…!ありがとう…もう、帰るね」


亮太に背を向ける美紀の袖を握った。


「…その顔見たら、帰せないよ」

「っ!」


優しい声音と言葉を聞くと、美紀の目からはポロポロと涙がこぼれだす。


「だい、大丈夫…だから…っ」

「うーん。オレが大丈夫じゃないかな」

「……」


亮太が袖を離したあと、美紀は眼鏡を外して、離された袖で涙を拭った。
困ったように笑う亮太は、美紀の頭にポンッと手を置いた。


「もう怖いもんいなーいよ」

「……ん…」


何度も頷く美紀は、袖でゴシゴシと目を拭った。
慌てて止める亮太は、自分の袖で優しく涙を拭き取る。


「…あ、これも擦るのと同じになるのかな?」

「…ふふ…」


ハッとした亮太の言葉で、ふき出した美紀は、少しだけ笑って亮太を見上げた。


「土師くん、今日は本当にありがとう」

「全然。眼鏡なしで、泣き顔のレアな押花ちゃん見れたし」

「う…、あ、あんまりからかわないで…」

「オレ、役得だね~?」


嬉しそうに顔を覗き込んできた亮太に、恥ずかしくなって顔を赤くする美紀。
亮太はそっと手を離すと、笑顔のまま美紀を見つめた。