『もう、好きじゃないことにした』

***


夜。


またスマホが鳴った。

蓮だった。

出ない。

また鳴る。

出ない。

それでも、鳴り止まない。

本当は、出たくなかった。

せめて、涙が止まってから出たかった。
こんな声を、蓮に聞かれたくなかった。


それでも。


何度も鳴り続けるスマホを見つめながら、
莉央は涙を拭うこともできないまま、
震える指で通話ボタンを押した。

「……もしもし」

『莉央?』

蓮の声が聞こえた瞬間。


更に涙が溢れた。

「……うん」

『今どこ?』

「……もう帰ってる」

『違う』

「……」

『どこにいる?』

「言いたくない」

『…』



私はしばらく黙ったあと、重い口を開いた。

「……美玲さんと一緒だったね」

「……」

『見てたのか?』

『莉央、あれは――』

「いいよ」

『よくない』

「いいの!!」

莉央の声が震える。

「私が勝手に期待しただけだから」

『違う』

「一ヶ月ぶりに会えるって、嬉しくなって早めに行っちゃったの」

『莉央』

「また蓮の隣にいられるかもしれないって」

『……』

「でも」

莉央は泣きながら言った。

「美玲さんといる蓮を見たら、分かった」

『何が?』

「やっぱり私じゃ無理なんだって」

『違う!』

蓮の声が大きくなった。

『違うから!』

「……」

『俺が好きなのは莉央だって!』

「でも……」

『美玲とは何もない』

「……」

『今日会ってたのは、昔のものを返してもらってただけ』

莉央は黙った。

『昔の物とか、別に要らねーし、って断ったけど邪魔だからって』

「……」

『だから会ってた』

「……でも、好きなんでしょ」

『美玲のことは好き”だった”だよ』

蓮は正直に答えた。

莉央の胸が痛む。

「でも」

更に蓮は続けた。

『今は莉央だけ、もちろんこれからも』

「……」

『俺が一ヶ月待ってたのも、莉央が好きだから』

「……」

『会いたくて仕方なかったけど、約束したから我慢してた』

莉央は声を押し殺して泣いた。

「……だったら」

『ん?』

「もっと追いかけてよ……」

蓮は言葉を失っていた。

『……え』

「待つって言われたら……私、本当に一人で離れて頑張らなきゃいけないんだと思った」

『莉央……』

「私だって、ずっと会いたかった」

『……』

「でも、蓮が待つって言ったから……」

声が震える。

「私がまた蓮のことを追いかけないともう蓮は来てくれないのかなって……」

電話の向こうが、しばらく静かになった。

「…」


二人とも。

同じように会いたかった。

同じように怖かった。

そして。
同じように、相手を傷つけないために距離を取っていた。

「……莉央」

「……うん」

「俺、もう一回だけ約束破っていい?」

「……え?」

「待つって言ったけど」

蓮の声が震える。

「今度は、待たない」

「……」

「莉央が俺から離れていくのを、黙って見てるなんて無理」

「蓮……」

「俺、莉央を迎えに行く」

「……」

「今度は、莉央が逃げても追いかける」

莉央は泣いた。

「私…」

「うん」
「……怖いよ」

「うん」

「また私…逃げちゃうかもしれない」
「それでも…いいの?」

「それでも」

蓮は迷わず答えた。

「俺が追いかける」

そして。

「だから、今度は一人で決めないで」

その声は、どこまでも優しかった。


泣きながら何度も頷いた。

「……うん」

まだ。

完全には戻れない。

まだ怖い。

でも。

少しだけ。

二人の距離が少し近づいた気がした。





数日後

スマホに、一件の通知が届いた。

美玲さんからだった。

『少しだけ会えないかな』

私は、そのメッセージをしばらく見つめていた。

本当はもう会いたくない。

そう思った。

でも――

私も蓮のことが大事だから、会ってちゃんとお話しよう。

そう思った。