『もう、好きじゃないことにした』


蓮side



あの日のことは、
今でもはっきり覚えている。

公園のベンチで
雨の中、傘を持たずに立っていた莉央。

困ったように空を見上げている姿を見つけて、
気づけば声をかけていた。

「傘、ないの?」

──あのときは、
それを一目惚れなんて思っていなかった。

ただ、もう少し話していたい。

もう少し、この子のことを知りたい。

そんな気持ちだった。







でも今なら分かる。

俺は、あの日、
莉央に一目惚れしていた。




「……蓮?」

隣から声がして、
俺は顔を上げた。

「どうしたの?」

「……いや」

俺は小さく笑った。

「ちょっと、ここ座ろうか」

「え?」

「雨、強くなってきたし」

そう言って、
少し先にある例のベンチを指差す。

「屋根もあるし、あっち行こう」

「うん」

莉央と並んで歩いて、
屋根のあるベンチに腰を下ろす。

雨音が、
頭上で静かに響いていた。

俺は隣に座る莉央を見ながら、
もう一度、あの日のことを思い出していた。

「あの日さ、」

「……あの日?」

「初めて会った日」

そう言うと、
莉央は少しだけ頬を緩めた。

「ああ……雨の日」

「そう」

「……実はさ」

「ん?」

「今日なんだよ」

「え?」

「俺たちが初めて会った日」

「え、そうだったの?」

莉央が驚いたように目を見開く。

「うん」

蓮は、そんな莉央を見て笑った。

「やっぱり、気づいてなかったか」

「……全然気づかなかった」

「だよな」

そう言って、蓮は笑った。
そして、繋いだ手に少しだけ力を込めた。

二人で歩いた道。

一本の傘に二人で入って、
他愛のない話をしながら駅まで歩いた。

あの頃は、
こんなふうに一緒に暮らす未来なんて、
想像もしていなかった。

それから何度も会って、
好きになって。

一度は離れて。

それでもまた、
こうして隣に戻ってきた。

振り返れば、
いろんなことがあった。

だからこそ、
今度はもう、
莉央を一人にしたくない。

これから先のことは、
俺一人で決めるんじゃなくて。

莉央と一緒に決めていきたい。

仕事も。
暮らす場所も。

その先にある、
もっとずっと先の未来も。





「……莉央」

「ん?」

莉央が不思議そうに俺を見る。

「どうしたの?」

「……ちょっと、待って」

自分でも分かるくらい、
声が硬かった。

何度も頭の中で繰り返した。

今日言うことも、
そのあとに続く言葉も。

家を出る前から、
何度も何度も。

それなのに、
いざ莉央を目の前にすると、
頭の中が真っ白になりそうだった。

心臓が、
さっきからずっと速い。

手のひらには、
少し汗まで滲んでいる。

こんなに緊張するなんて、
自分でも思っていなかった。

「……蓮?」

もう一度呼ばれて、
俺は莉央を見る。

いつもなら、
何を言われても余裕を持って返せるのに。

今は、
うまく笑うことすら難しい。

それでも。

今日だけは、
ちゃんと伝えたい。

俺がこれから先も、
ずっと莉央の隣にいたいこと。

何があっても、
もう一人で決めたりしないこと。

そして――

これから先の人生を、
莉央と一緒に歩いていきたいこと。

「……莉央」

一度、ゆっくり息を吐く。

それから、
震えそうになる手を握りしめた。

「聞いてほしいことがある」

そう言った瞬間。

心臓が、
今までで一番大きく鳴った。


蓮side end