札幌テレビ塔の灯り♡清掃員の恋

家に帰った愛斗は、今日雪乃と一緒に過ごした時間を思い返し、胸がいっぱいになった。 
一緒に歩き、話し、乃愛のことで笑い合えたことが、こんなにも嬉しいなんて——。
心が満たされた気持ちのまま、愛斗は自分で作った弁当を食べ、その日は早めに布団に入った。
——次の日。
朝はゆっくりと起き、昼過ぎまでのんびりと過ごした。午後になり、愛斗は子供食堂の仕事へと向かう。
食材の買い出しを済ませ、準備を整えていると、いつもの時間になっても乃愛が姿を見せない。
「……乃愛ちゃん、どうしたんだろう」
心配になって時計を見つめていると、ドアが勢いよく開いた。雪乃が息を切らして立っていた。
「え、雪乃さん?」
「え……? あなた、誰ですか?」
「愛斗です。同じ職場の……」
「そうよ、乃愛の母よ。娘はどこに隠したの? ここにいるんでしょ?」
「いませんよ。乃愛ちゃんは今日、まだ来ていません」
「嘘つき!」
「本当にいません。今日はまだ一度も姿を見ていません」
雪乃は肩を落とし、携帯電話を見つめる。
「電話しても出ないし……どこへ行ったんだろう」
「警察に連絡してみたらどうですか?」
「だめよ! そんなことしたら学校に知られて、受験に差し支えるわ。もしかしたら……私の職場に行ったのかもしれない。お騒がせしました」
雪乃は慌てた様子で謝り、子供食堂を出ていった。愛斗はその後ろ姿を見て、放っておけないと思い、急いで後を追った。
「雪乃さん! 待ってください!」
外に出ると、雪乃が車に乗ろうとしていた。愛斗は走り寄り、「一緒に探しましょう」と声をかける。
二人は車に乗り込み、まずは札幌テレビ塔へと向かった。乃愛が以前、仕事の手伝いに来たことがあったからだ。
しかし、テレビ塔の中を探しても、乃愛の姿はどこにもなかった。
「ここにもいない……どこへ行ったんだろう」
「もしかしたら、隣にある福祉施設の図書館かもしれません」
愛斗がそう言うと、雪乃は頷き、二人は急いで施設へと向かった。図書館の奥——窓際の机に、乃愛が座っていた。
「乃愛!」
雪乃が駆け寄ると、乃愛は驚いて顔を上げ、その勢いのまま雪乃を強く突き飛ばした。
「乃愛、何するの!」
雪乃はバランスを崩し、そのまま床につまずいて倒れてしまう。愛斗はすぐに駆け寄り、雪乃を起こして手を貸す。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう……」
その時、乃愛の座っていた机の上に、一枚のプリントが置かれているのが目に入った。
進路希望調査票だった。愛斗は思わず手に取り、目を落とす。
「札幌音楽学校……」
そこには、東京の高校ではなく、地元の音楽学校の名前が書かれていた。愛斗は雪乃と顔を見合わせ、「手分けして探しましょう」と囁いた。愛斗は屋上へと続く階段を上っていく。
——屋上。風がそよそよと吹き、乃愛が欄干の近くに立っていた。 「乃愛ちゃん」
乃愛は驚いて振り返る。
「どうしてここがわかったの?」
「前に言ってたでしょ。図書館にいると落ち着くけど、屋上の風を浴びるともっと落ち着くって」
「……そうだったね。ごめんね。生まれて初めて、学校サボっちゃった」
愛斗は手に持っていた進路希望のプリントを乃愛に見せる。
「これ、書いてあったんだね。札幌音楽学校。ピアニストになるための学校だよね」
乃愛はうつむき、小さく頷く。
「ママはね、私がピアニストになるなら、東京の高校に行って寮に入って、しっかり勉強しなさいって言うんだ。でも……私は地元の学校に行きたいの」
「だったら、そう言えばいいのに」
「言えるわけないよ! お母さん、休みもしないで私のために働いてくれてるんだもの。それなのに『東京は嫌だ』なんて言えるわけない。私はピアニストにもなりたいけど……お母さんと離れたくないの。ずっと一緒にいたいの」
「乃愛……」
その時、屋上の扉が開き、雪乃が走ってきた。乃愛の言葉を聞いて、彼女は乃愛の元へと歩み寄る。
「乃愛……そんなことを思ってたのね。ごめんね。お母さん、あなの気持ち、ちゃんと聞いてなかった」
「ママ……ごめんね。怒らないで」
「怒らないよ。むしろ、ごめんね。あなたの気持ちを考えないで、自分の意見ばかり押しつけて」
二人はその場で強く抱き合った。長い間、抱きしめ合ったまま、何度も「ごめんね」「ありがとう」と繰り返していた。愛斗はそんな二人の姿を見て、そっと屋上を後にした。
——帰り道。
「愛斗くん、帰っちゃったね」
「うん。心配かけてごめんなさい、愛斗くんにも」
「いいのよ。無事でいてくれて、それでよかった」
「うん。愛斗くんって、本当にいい人だよね」
乃愛がぽつりと言うと、雪乃は少し照れたように笑った。
「そうね……そうだね」
「ママ、愛斗くんのこと、好きなんでしょ?」
「えっ……好きじゃないよ」
「お母さん、嘘が下手だね。愛斗くんと付き合っても嫌じゃないよ。好きなら付き合えばいいのに。私、応援するよ」
「乃愛……ありがとう」
雪乃は乃愛の言葉に、素直に頷いた。自分の気持ちに嘘をつくのは、もうやめにしよう——そう思った。
二人は並んで歩きながら、愛斗のこと、これからのこと、乃愛の進路のことを話し続けた。夕暮れの空の下、母娘の笑い声が、優しく響いていた。