美しすぎるせいで義母である王妃に命を狙われていますが、死にたくないので全力で頑張ります!

 シラユキに託されていた父の安否が脅かされていると知った今、ユキは白雪姫の物語を思い出した。物語の作中、父親である国王陛下は一度たりとも出てこなかったことを。
 もしかしたら、シラユキ(ユキ)が死ななかったことで、矛先が警戒心の薄い父に向かったのかもしれない。

「急ぎましょう、アリス」
「はい、シラユキ姫様」

 父である国王陛下のもとへ先触れもなしに訪れたユキを、侍従達は追い出さなかった。
 侍従長曰く、いつも通り執務をしていたら突然激しく咳き込んで吐血したらしい。急いで医者を呼びつけ魔法で診てもらうと、気化した毒が回り身体が蝕まれているという。
 素早い診断のおかげか即死には至らなかったようだが、毒気が抜けるまで特別な薬草を煎じて飲まないと後遺症が残るのだそうだ。

「私、薬草を探しに行きます」
「しかし、シラユキ姫様、この薬草は滅多に生息しておらず、生息地も城の森奥深くです。森には獣が出ます、シラユキ姫様には行かせられません」
「でも……!」
「行かせておやり。シラユキも陛下のことを救いたいのでしょう」

 そこへ現れたのは、遅れてやってきた王妃だった。ゆったりとした仕草で扇を開き、口元を隠しながら言葉を続ける。

「わたくしも薬草を採りに行きたいですが、陛下のお側を離れるわけにはいきません。それに、毒を使われたと聞きました、わたくしは犯人を探さなければなりません。 ……そうだわ、狩人のジオンに道案内させましょう。そうすれば迷うことなく帰って来られるわ」

 名案だとばかりに王妃は努めて明るく言い、それ以外は許さないとでもいうような冷たい視線をユキに寄越した。

「ですが、もうまもなく夜がやってきます。姫様の御身が危うくなりますし、ジオンはまだ新人ですから……」
「おまえは陛下の命がどうなってもよいと申すか?」

 凍てつく視線で侍従長を見やる王妃のなんと恐ろしいことか。美しさが際立ち古の魔女のような佇まいに、その場にいた者は息を呑んだ。
 しかし、『狩人』はユキの味方である。その者がジオンであるならば、きっといい方向にいくはずだ。

「め、滅相もございません……! 過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」
「分かればよいのです。さあ、ジオンを呼んでちょうだい。シラユキ、あなたは外出の支度をなさい。いいこと? なるべく軽装にするのよ、森は歩きづらいからその方が早く行って帰って来られるわ」
「はい、お義母様」
「薬草は知っていて?」
「私が存じております」

 アリスが口を開いて王妃に向かって頭を垂れながら申し出た。アリス、もといエリスは母のために色々と勉学に励んでいたと聞いているユキは、彼が博識であることも理解した。

「そう。おまえが知っているのなら、シラユキと共に行きなさい」
「はい、王妃殿下」

 ユキはアリスを伴って自室へと戻る道すがら、犯人は絶対に王妃だと確信していた。あの余裕のある態度は夫の命の危機に相応しくない振る舞いだからだ。死なない程度に毒を盛り、シラユキを脅す意味もあったのだろう。
 アリスも思うところがあるのか、思案顔で大人しくユキのあとをついてきた。

 身支度を整えるユキは王妃の遣わした侍女によって急かされ、着替えをしただけの簡単な装いで出かけることとなった。
 薬草を摘むカゴだけ用意され、侍女のあとにアリスと共についていくと、そこには手鏡で見た者と全く違う、若く美しい男が待っていた。

「……あなたがジオン?」
「はい、シラユキ姫様。最近城務めになりましたジオンと申します。さあ、時間がありません。急ぎましょう」

 ユキはアリスにアイコンタクトを取った。この男は鏡で見た者ではないと伝えたかったのだ。それを正しく理解したアリスは小さく頷いて、警戒を怠らないよう三人での薬草摘みが始まった。

 シュタイン城は自然豊かな場所に建っており、城の裏側には大きな森が待ち構えていた。ジオンはさくさくと獣道を進むが、慣れていないユキとアリスはいくら軽装とはいえ、整備のされていない道を進むのに時間がかかった。
 ジオンはさっさと進み途中で後ろを振り返り、二人が着いてきていることを一応確認しているようだった。

 アリスから薬草の特徴を聞き、三人で探すこと三十分。日は完全に暮れて森の静けさは闇を纏い、昼の穏やかな雰囲気とは違い恐怖をユキに植え付ける。

「早く見つからないかしら……」
「そうですね、森は危険ですから」

 カンテラで明かりを灯し、紫の花を咲かせた小ぶりの薬草をユキが見つけると、それが毒に効く薬草だそうでようやく見つかったことにユキとアリスは安堵した。
 しかし、熱中していたあまりジオンとはぐれてしまったようで、彼の姿はなかった。

「くそ! あの男謀りやがったな……!」

 アリスの姿のまま、口汚く罵るエリスにユキは思わず彼(彼女)の口を塞いだ。

「しー! 近くにジオンがいるかもしれないでしょう! 聞かれたらどうするの!」

 小声で囁きながら至近距離で注意した。間近で見るアリスはまつげが長く、カンテラの明かりが影を落とす。瞳も澄んだ海のように美しく、吸い込まれそうなほど綺麗な眼をしていた。思わず見惚れてしまいそうになるが、アリスはエリスの仮の姿である。
 いけないいけないと己を叱咤し、そっとアリスから離れた。

「ごめんなさいね、アリス」
「……いえ、私の方こそ失礼いたしました。ジオンですが、あの男は間違いなく王妃の手下でしょう。こんな奥深くまで連れてきて、あわよくば失踪させるつもりだったのだと思います。私が早く薬草を見つけられたらよかったのですが、あの男はわざと歩みを早くしていました」

 そこまで見ていたとは気づかなかったユキは、平和ボケしているのだと改めて気付かされた。父が毒殺されかけたことで頭がいっぱいになり、ジオンの言動まで考えが追いつかなかったのだ。

「どうやらジオンは近くにいないようです。ここは獣が出ますから、私達も早く戻りましょう」
「わかった。……その、色々とごめんなさい」
「その言葉は今じゃないでしょう?」

 優しく微笑みかけるアリスにユキは「そうだね。ありがとう、アリス」と微笑み返した。

「アリスは城までの道覚えてる?」
「いいえ、私もこの森に入ったのは初めてですので、道が分からず……。そうだ、シラユキ姫様の魔法が使えるかもしれません」
「私の魔法?」
「はい。あなたは願ったことが叶う魔法を使えます。ですから、『城までの道を照らせ』や『導きたまえ』など、そういった類のことを願ってみてください」
「分かった、やってみる。『私達を無事にシュタイン城に帰して』」

 ユキが魔法を使うと、どこからともなくやってきた小動物達が『こっちだよ』と教えるような仕草をしており、ユキとアリスは大変驚いた。

「シラユキ姫の魔法ってすごい……」
「シラユキ姫様のお力もそうですが、これは『あなた』が使った魔法です。私も助かりました、彼らに従って城へと戻りましょう」

 アリスは初めて心からの笑みを見せてくれたようで、今まで見た表情の中でも一番優しい顔をしていた。いつもキリリとしている表情もいいが、笑っていた方が素敵かも、なんて思ってしまった。

 動物達に連れられて一度も迷うことなく城へと戻ったことで、王宮に勤めている者達は皆無事の帰還を喜んでくれた。
 ジオンはというと、ユキとアリスの二人とはぐれてしまったため、城に戻ったのかもしれないと先に帰城していたそうだ。
 それについては王妃から一言叱りの言葉を受けたのだという。アリス曰く、それも建前だろうとのことで、王妃の狡賢さに鳥肌が立った。

 薬草を煎じてもらうため薬剤師に薬草を預け、小一時間ほどで薬は完成した。ちなみに薬草の調合も魔法でするようだ。
 できた薬を飲むと父は顔色がよくなり、ユキに「ありがとう、我がプリンセスのおかげだよ」と優しい笑顔で言うものだから、本物の父ではないと分かっていながらも、ユキは泣いて父に縋りついた。
 それを憎らしげな瞳で見ている人がいたことに気づいたのはアリスだけだった。

 犯人は王の侍従をしているうちの一人が捕まり、その証拠として私室に王に盛られた毒が隠されていたという。
 そして、大事には至らなかったという理由で、王妃の慈悲によりその者は国外追放のみとなる。
 王妃の器の広さに感銘を受けた一部の者達からは、彼女を支えようとする声が大きくなっていったのだった。