特別支援学校の窓から

 二十余年ほど前のことになるが、9月のその日は、残暑のかんかん照りで、気温はあっという間に30度を越した。都養体連(東京都養護学校・心障学級設置学校体育連盟:現・特体連)のキックベースボール大会の当日だ。当時私は知的障害のある生徒の通う養護学校(現・特別支援学校)に勤めていて、キックベースボール大会には、数回生徒と一緒に参加したことがある。大会は例年9月の残暑厳しい時期で、会場の小石川運動場は灼熱の太陽にじりじりと焦がされ、わずかな日陰には、参加校の生徒や応援の保護者らが、群れをなしているのが毎年の光景だ。
 初めてこの大会に行った時のことだ。てんかんがあり、ヘルメットを着用していたカオルくんが、折からの暑さで発作を起こして倒れた。カオルくんは冷房の効いた管理事務所の建物の中にかつぎこまれた。昼食時間に、彼と同じグループの生徒と付き添いの教員(私ともう一人)は、カオルくんと一緒に弁当を食べた。あとで聞こえてきた話だと、建物の中で食事をした私たちは、養体連事務局にあまりよく言われていなかったようだった。他の生徒たちはというと、ほこりの舞うグラウンドの隅にシートを敷いて、その上で弁当を食べていた。それも、日陰にシートを敷けた学校はまだましで、かんかん照りの中で食べている生徒も少なくなかった。中にはグラウンドの土を投げて遊んだり、口に入れようとする生徒もいた。
 大会の後の反省で「衛生面の問題があるので、昼食ぐらい室内でできないのか」と出したら、養体連窓口の体育教員からの回答は「建物の中は養体連が使用しているので、生徒の食事には使えない」というものだった。たぶん、他の学校でも同じような意見が出たのだろう。弁当の保管だけは冷房の効いた室内で引き受けてくれるようになった。それでも、学校の中では手洗いなど熱心に衛生指導をする教員たちが、大会当日の不衛生な食事環境について何も言わないのが不思議だった。
 ある年、私は病弱で体温調節ができない生徒・シゲヨさんの担当として、この大会に参加した。養体連窓口に「建物をシゲヨさんの休憩に使わせてくれないか」と頼んだが、「例外は作れない」と、あっけなく退けられた。
 当日。シゲヨさんは日陰にいても、みるみるうちに顔がほてりはじめた。試合が終わると、私はすぐにシゲヨさんを隣のオフィスビルに連れて行った。シゲヨさんはラウンジのソファに横になるとぐっすり眠った。昼食は、ビルの食堂街でとった。他の仲間は、例年通りほこりの舞う暑いグラウンドの隅で弁当だ。
 大会の翌日、二人の生徒が欠席した。養体連窓口の話では「Aくんは明日登校できるとのこと、Bくんは疲れていたのに夜更かしをしたらしいですね」ということだった。その話を養護教諭にすると、こんな答えが返ってきた。「Aくんはスポーツが得意だけど、健康面ではもろい部分があるから気をつけて見ないといけないし、Bくんは体調の自己管理がまだ十分にできないところがあるのよ。キックベース大会は、前から養護教諭の間でも話題になっていて、もう少し生徒の健康に気を配ってほしいといつも思う。大きな事故でも起きない限り、変わらないかもしれないけど」
 最近は、特体連のスポーツ大会は学校ぐるみではなく、部活動単位での参加が増えてきているようである。
 知的障害児教育の中では、最近はトーンが落ちたものの、生徒を「厳しく鍛え上げる」風潮が根強くあり、かつては体罰も横行していたと聞いている。養体連スポーツ大会での人権軽視は、このような流れと決して無関係ではないと感じる。