特別支援学校の窓から

 子どもの頃、心霊写真の本がはやりました。怖いもの見たさに、本屋の店先でよく立ち読みしたものです。2年ほど前になりますが、心霊写真よりも、はるかに恐ろしいものを目にしました。職員室で、です。

 当時、私は中学部にいました。中学部の2年生が、恒例の宿泊学習に行った時のことです。主幹教諭の太田先生が応援で宿泊の引率に加わりました。宿泊の写真・記録担当は大村先生という、パソコンやデジカメの扱いに詳しい、若い女性教員でした。

 大村先生は普段から、太田先生を嫌っていました。当時、大村先生はAくんという生徒を担当していました。Aくんはストレスがたまると、周囲のものに当り散らすことが時々ありました。大村先生が躍起になってAくんを問い詰めている場面に、私も何度か遭遇しました。ある時、イライラが募って教室の机を倒してしまったAくんに、大村先生が「ごめんなさい、と言いなさい!」と執拗に迫っていました。太田先生は、Aくんの問題を中学部全体で考えよう、と彼女に提案しました。彼女は自分が責められていると思い込み、相当恨んだようです。他にも細かい行き違いは無数にあったようで、大村先生が職員室で、仲のいい教員相手に、太田先生の悪口を話しているのを何度か耳にしました。「何かあったら、校長や副校長に直接言った方がずっと早いわよね」「私、反太田派だから」等。大村先生は管理職と仲がよく、目についたことを逐一報告していました。太田先生は管理職からいろいろ言われて、かなり苦労していました。
 中学部の国語で、「先生の子どもの頃の話を聞こう」という授業がありました。大村先生は、小学生時代を振り返って、こんな話をしていました。「私は、帰りの会で、掃除をさぼったりしていた人のことを言ったりしていたので、まじめな子だとみんなに思われていました。それで、ずっと学級委員に選ばれていました」

 宿泊行事が終わり、生徒たちの写真が学校のパソコンに入りました。どんな様子だったか見たくて、パソコンを開き、写真のフォルダをあけました。
 1枚だけ、生徒の写っていない写真がありました。それは、帰りのバスで、太田先生が「居眠り」しているようすが大写しになった写真でした。
 宿泊行事の反省アンケートに、大村先生は「寝ている先生が目立つ。勤務中だということをきちんと意識してほしい」と書いていました。彼女の言葉に反論の余地はありません。しかし……。
 太田先生の肩をトントンと叩くかわりに、本人が気づかぬうちにシャッターを切る。彼女は、自分の行動も「まじめ」だと考えているのでしょうか。

 半年ほどたったある日、提出文書の書式を探すために、学校のパソコンの、副校長のフォルダを開きました。その中に、名前の無いフォルダがありました。「これかな?」と思って開くと……太田先生の例の写真のコピーが出てきました。
 ぞっとしました。

 教員の世界は告げ口が多い、という話は昔から耳にしますが、昨今はそれも「ハイテク化」の様相を見せているようです。その背景には、大村先生のような「情報源」を珍重する管理職の存在がある、というのが、悲しいかな今の特別支援学校の現状なのです。