異世界深夜コンビニ

十二月に入って、デザート棚まで冬らしくなってきた。

濃厚。

冬限定。

なめらか仕立て。

金色や焦げ茶色の小さなシールが、プリンやチョコレートの容器に増えている。

「冬って、甘いものまで濃くなるんですね」

「知らん」

榊原先輩はレジの中で伝票を見たまま答えた。

「いや、見れば分かるじゃないですか。濃厚ミルク、濃厚たまご、濃厚ショコラ」

「全部食えば分かる」

「太らせようとしてません?」

「お前が気にしてるんだろ」

「商品としてです」

「じゃあ売れ」

「会話が雑だなあ」

俺はデザート棚の奥へ手を入れ、少なくなっていたプリンを前へ出した。

少し前なら、ただ黄色いカップが並んでいるだけに見えた棚だ。

今は違う。

ここに女王が立ち止まったことがある。

最初に一個買って。

店を出たと思ったら戻ってきて、同じものを二個追加した。

合計三個。

あの夜から、普通のプリンを見るたびに、ほんの少しだけあの人を思い出す。

「先輩」

「ん」

「あの女王、また来ますかね」

「知らん」

「即答」

「来たきゃ来るだろ」

「まあ、そうですけど」

俺は一番端に、新しく入った冬限定のプリンを並べた。

普通のものより少し背の低い容器。

上には白いクリーム。

その下に濃い黄色のプリン。

値札の横には、雪の結晶を散らした小さな販促札が付いている。

俺が札の角度を直した、その時だった。

ウィーン。

自動ドアが開く。

「いらっしゃいませ」

声を出して振り向いた。

入口の向こうに、二人の鎧姿の男が立っている。

銀色の胸当て。

濃紺の外套。

腰の剣。

見覚えがあった。

「あ」

二人が左右へ身を引く。

その間から、一人の女性が歩いてくる。

腰まで伸びた濃い藍色の髪。

薄い青灰色の瞳。

深い紺色の長衣と、銀糸の刺繍が入った外套。

額には、中央に青い石を留めた細い銀の飾り輪。

前と同じように背筋はまっすぐだった。

ただ、今日は目元に少しだけ疲れが見える。

歩き方も、前よりほんの少しゆっくりだった。

「陛下」

護衛の一人が声をかける。

「我々も中へ」

「いらぬ。すぐ戻る」

「ですが」

「買い物をするだけだ」

前にも聞いたやり取りだ。

女性はそのまま店内へ入り、自動ドアが閉まった。

俺はもう固まらなかった。

「いらっしゃいませ」

「うむ」

青灰色の目が俺を見る。

「前の店員だな」

「覚えてたんですね」

「一度買い方を教わった相手くらい覚えている」

言いながら、女王は店内を見回した。

そして。

ほとんど迷わず、デザート棚へ向かう。

「先輩」

「何だ」

「直行しましたよ」

「見りゃ分かる」

「目的はっきりしてるなあ」

女王は棚の前で立ち止まった。

前回ほど長くは迷わない。

視線がプリンの列を順番に追っていく。

普通のプリン。

固めのプリン。

クリームが乗ったもの。

大きめのもの。

そして、冬限定の濃厚プリン。

「店員」

「はい」

「前に、お前が勧めたものはどれだ」

「勧めたもの?」

「滑らかなものだ」

「ああ」

覚えていた。

前に帰る時、次は別のプリンも試すと言っていた。

俺は棚の中段を指す。

「これです。前に買ったのより、やわらかめのやつ」

「これか」

女王が一つ手に取る。

容器を横から見て、それから値札を見る。

もちろん、日本語は読めない。

「同じぷりんなのに、前のものと違うのだな」

「種類が違いますからね」

「前にもそう言っていたな」

「覚えてる」

「お前よりはな」

「俺も覚えてましたよ!」

女王の口元がほんの少し緩んだ。

そのまま買い物かごへ入れる。

一個。

今日はこれで終わりかと思った。

ところが。

青灰色の目が、隣へ動いた。

「これは?」

指したのは、さっき俺が並べた冬限定の濃厚プリンだった。

「新しく入ったやつです。冬限定の濃厚プリン」

「濃厚」

「味が濃いというか、卵とかミルクの感じが強めというか」

「また曖昧だな」

「食べ物の説明って難しいんですよ」

「それは前にも聞いた」

「そこまで覚えてるんですか」

女王は容器を持ち上げる。

「冬限定とは?」

「冬の間だけ売る商品です。ずっと置いてあるわけじゃないです」

「季節が変われば、なくなる?」

「たぶん。少なくとも、この商品はそうですね」

女王の眉がわずかに動いた。

前回、普通のプリンについて「明日もあるか」と聞かれた時とは違う。

今度は最初から、なくなる商品だ。

「では」

女王が濃厚プリンを棚へ戻す。

戻した。

かと思ったら。

もう一度取った。

「......悩んでます?」

「二つ買うのはおかしいか」

「全然」

「なら聞くな」

「いや、前は一種類を三個だったんで」

しまった。

数えていたことを言ってしまった。

女王がこちらを見る。

「覚えていたのか」

「売れた商品なんで」

レジから先輩の声が飛ぶ。

「発注にも関係するからな」

「そう、それです」

「言い訳が遅い」

「言い訳じゃないですよ」

女王は少し考えたあと、濃厚プリンもかごへ入れた。

二個目。

滑らかなプリンと、冬限定の濃厚プリン。

「今日は予備ですか?」

「違う」

「じゃあ、一個は持ち帰り?」

「どちらも持ち帰る」

「そうじゃなくて」

俺が言葉を探していると、先輩が横から口を挟んだ。

「両方、自分で食うんだろ」

「うむ」

「即答!」

「何か問題があるか?」

「ないですけど」

前回は「予備」と言っていた。

今日は隠す気もないらしい。

「食べ比べる」

「食べ比べ」

「同じぷりんで、どれほど違うのか確かめる」

「なるほど。それなら二種類ある方がいいですね」

「そういうことだ」

女王は真剣だった。

国のことを決める時もこんな顔をするのかもしれない。

もちろん、俺には分からない。

分かるのは。

今、この人がプリン二個をかなり真面目に選んでいることだけだ。

◇

「ほかは大丈夫ですか?」

デザート棚から離れた女王へ声をかける。

「今日はよい」

返事が少し短かった。

近くで見ると、やっぱり疲れている。

顔色が悪いわけではない。

立ち方も崩れていない。

ただ、前より言葉の間が長い。

「忙しかったんですか?」

口にしてから、少し踏み込みすぎたかと思った。

女王は怒らなかった。

「朝から、人の話を聞いていた」

「ずっと?」

「ほぼな」

「それは疲れますね」

「皆、自分の言うことが正しいと思っている」

「......大変そう」

「大変だ」

ものすごく普通に返された。

王族らしい言葉でも、難しい話でもない。

ただ疲れた人の声だった。

女王は買い物かごの中を見る。

「だから今日は、考えることが少ないものがよい」

「プリン?」

「甘ければよい」

「だいぶ疲れてますね」

また口元が少しだけ緩む。

「そうかもしれぬ」

俺はホット飲料の棚を指した。

「温かいお茶とかもありますけど」

「甘くないものは?」

「あります」

「では、それも一つ」

「はい」

女王は俺について飲料棚へ来た。

温かい無糖のお茶を一つ取る。

「これは、ぷりんと合うか?」

「たぶん」

「自信がないな」

「好みなんで」

「便利な言葉だ」

「味の話はだいたい最後それになります」

女王は小さく息を漏らした。

◇

会計は、前と同じだった。

滑らかなプリン。

冬限定の濃厚プリン。

温かい無糖のお茶。

ピッ。

ピッ。

ピッ。

「お支払いはこちらです」

「覚えている」

女王が腰の革袋から、薄い金色の硬貨を出す。

羽を広げた鳥のような紋章。

前にも見た硬貨だ。

精算機へ入れる。

ちゃりん。

機械は何事もなく受け入れた。

「袋、使いますか?」

「使う」

「珍しいですね」

「二つあるからな」

「前は二つ手で持って帰りましたよ」

「今日は茶もある」

「なるほど」

俺は白猫のマークが入ったレジ袋を広げる。

プリン二個を傾けないように並べる。

その横へ温かいお茶を入れようとして、手を止めた。

「これは別にしますね」

「なぜだ?」

「温かいのと冷たいの一緒にすると、プリンぬるくなるんで」

「なるほど」

小さい袋をもう一枚出し、お茶だけ分ける。

「すぷーんは二つか?」

「二個食べるなら二つでもいいですけど、一人で食べるなら一個でも」

「一つでよい」

「了解です」

スプーンを一つ付ける。

前と同じだ。

女王でも、プリンを二個買ったからといってスプーンが勝手に増えるわけではない。

その当たり前さが、もうあまり不思議ではなくなっていた。

女王が袋を受け取る。

「店員」

「はい?」

「次に来た時、この冬のぷりんがなければ?」

「季節が終わったか、売り切れたかですね」

「取り置きは」

俺は一瞬だけ先輩を見る。

先輩は伝票から顔も上げない。

「してない」

「ですよね」

女王も、もう怒らない。

「ならば、あるうちに来る」

「お待ちしてます」

「うむ」

入口へ向かいかけた女王が、少しだけ足を止めた。

「前の普通のぷりんも、まだあるのだな」

「ありますよ」

「そうか」

視線が一瞬だけデザート棚へ戻る。

俺は何も言わなかった。

女王も何も言わなかった。

数秒後。

「今日は二つでよい」

「誰も止めてませんよ」

「止められている気がした」

「気のせいです」

先輩の低い声が飛ぶ。

「三つ目いくなら会計やり直しだぞ」

「先輩!」

女王はしばらく黙っていた。

そして。

「今日はやめておく」

「そこは悩むんですね」

「明日も来られる」

「取り置きはしませんけどね」

「分かっている」

今度は、はっきり笑った。

自動ドアが開く。

外で待っていた二人の護衛が姿勢を正した。

「陛下」

「戻るぞ」

「はっ」

一人の護衛が、女王の手にある白猫の袋と小さな袋を見る。

一瞬だけ目が止まった。

でも何も言わない。

三人の姿が暗い森へ消えていく。

「ありがとうございました」

ドアが閉じた。

俺はデザート棚を見る。

滑らかなプリンが一つ。

冬限定が一つ。

きれいに減っている。

「先輩」

「ん」

「女王、普通に常連になってません?」

「買いに来てるならそうなんじゃねえの」

「王族の常連客って言葉、すごいですね」

「売上は売上だ」

「やっぱりそこなんだ」

「前出し」

「はいはい」

俺は棚へ向かった。

女王が疲れていようが。

冬限定に迷おうが。

プリンを二個買おうが。

減った商品は前へ出す。

それが、この店では一番普通だった。

◇

午前六時。

森が消え、日本の駐車場が戻った。

空は薄い灰色で、山の斜面には白っぽい霜が残っている。

床を拭いて、ゴミをまとめて、レジ周りを整える。

六時五十分を少し回った頃。

「おはようございます」

バックヤード側から、柔らかい声がした。

「おはようございます」

水野さんが大きな生成り色のトートバッグを肩から下ろす。

今日は厚手の上着を着ていて、焦げ茶色の髪の先が少しだけ外気で乱れていた。

「寒っ。今日ほんと寒いですね」

「ついに『もっと寒くなる』が現実になってきました」

「まだこれからですよ」

「聞きたくなかった」

水野さんが笑いながらバックヤードへ入る。

数分後、薄いグレーのシャツと濃紺の猫エプロン姿で戻ってきた。

引き継ぎを確認しながら、ふとデザート棚を見る。

「あ、濃厚プリン売れたんだ」

「売れました」

「夜に?」

「夜に」

「この店、冬になると甘いものも売れるんですね」

「その人が甘いもの好きなだけかもしれません」

「常連さん?」

「たぶん、もう常連ですね」

嘘ではない。

水野さんは棚の販促札へ顔を近づける。

雪の結晶と、焦げ茶色の文字。

「このPOP、冬っぽくて好きです」

「色?」

「色もですけど、余白の取り方とか。全部詰め込んでない感じ」

「そこ見るんですね」

「一応、美大生なので」

「なるほど」

俺には、濃厚プリンを売るための札にしか見えない。

水野さんには、別のものが見えているらしい。

「瀬尾さんは、パッケージとかあんまり見ないタイプです?」

「食べる時は中身しか見てないかも」

「もったいない」

「そこまで?」

「作ってる人、ちゃんと考えてますよ」

「じゃあ今度から見ます」

「ほんとですか?」

「たぶん」

「それ絶対見ないやつ」

水野さんが笑う。

レジ横で先輩がエプロンを外した。

「瀬尾」

「はい」

「帰るぞ」

「今行きます」

俺もエプロンへ手をかける。

その前に、もう一度デザート棚を見た。

冬限定のプリンが一つ減っている。

その理由を朝番の水野さんは知らない。

女王が二種類のプリンを食べ比べるためだなんて、言えるはずもない。

でも。

夜に誰かが商品を選んで。

朝には、その分だけ棚に隙間ができている。

それを水野さんが見つける。

そんな朝の繰り返しも、少しずつこの店の日常になっていた。