九月。
楽しい夏休みはあっという間に終わり、新学期がやってきた。
先日、時ノ塔学園中等部では生徒会選挙が行われ、生徒会長以下、新たな幹部役員が全員無事に選出された。
今日は、新しい生徒会の発足会だ。
みんなが集まる体育館で、新しい生徒会長がステージに上がって、初めての演説をすることになっている。
「――このたび中等部の生徒会長になりました、鷹村桐哉です。ただいまより就任演説を始めます」
四方堂先輩のあとを引き継いで新しい生徒会長になったのは、もちろん桐ちゃんだ。
桐ちゃんは今、みんなを前にして、少しも物怖じすることなく堂々と演説をしている。右腕につけられているのは、あの赤い腕章だ。
「桐哉センパイ、本当に生徒会長になったんだー。『他人のことより自分の勉強』を地で行ってた桐哉センパイが、四方堂センパイの推薦とはいえ、よく会長なんて引き受けたよねぇ。何があったんだろう。祈梨は知ってる?」
後ろにいる明日香がわたしの方に身を乗り出してきて、耳打ちした。
「さ、さぁ。わたしは何も知らない。桐ちゃんも、たまにはやる気になったんじゃないかな……」
わたしはあいまいに笑ってごまかす。
木造校舎での四方堂先輩とのやり取りは、明日香にはナイショなの。生徒会長はともかく、クロノス様は正体不明のヒーローでしょ。その秘密を、他の生徒に話すわけにはいかないからね。
黒い封筒の件は『よく調べたけどイタズラだった』ってことにしてある。
あ、そうそう。明日香は、夏休み中にあった柔道の市民大会で、優勝したんだよ! 次はもっと大きい大会に出るらしくて、このところ毎日稽古に励んでいるんだ。
「いやーでも、さすが桐哉センパイだねー。相変わらず落ち着きまくってるし、もう生徒会長が板についてる感じ」
しみじみと言う明日香に、わたしもうなずいた。
「そうだね」
あの、木造校舎での出来事の翌日、桐ちゃんは正式に次期生徒会長として推薦された。
それからは大忙しだった。
推薦とはいえ一応生徒会選挙に出るわけだから、その準備でてんてこまい。合間に、四方堂先輩から生徒会のことを教わったりもしなきゃならない。
桐ちゃんは事あるごとに「面倒くさい」と言っていたけど、なんだかんだとソツなくこなしているように見える。
やるっていったら最後まで真面目にやるのが、桐ちゃんのいいところだもんね。
もちろん、クロノス様としての役目も、ちゃんと引き継いだんだよ。こっちは、わたしと桐ちゃんの二人で……。
「――以上で就任演説を終わります。今後一年、よろしくお願いします」
桐ちゃんは一礼して、マイクの前を離れた。
ステージ横の階段に足をかけたところで、微かに口角を上げる。わたしの視線に気が付いたみたい。
お疲れさま、桐ちゃん!
そんな想いを込めて軽く手を振ると、桐ちゃんは軽くうなずき返してくれた。
これからわたしと桐ちゃんは、クロノス様として、先輩たちが代々引き継いできた大切な役目をこなしていくことになる。
みんなの悩みをひそかに解決する、時ノ塔学園のヒーローとして。
ちゃんと、できるかな……?
――できるよね。大変かもしれないけど、桐ちゃんと二人ならきっと、大丈夫。
……なんて。物思いにひたっていられたのは、たった数秒だった。
「きゃああああぁっ、素敵――ッ! キリヤさまあぁぁぁっ!!」
「いやぁ~ん、キリヤさまぁぁっ、こっち向いてえええぇぇぇっ!!」
突如として、空気をつんざくような黄色い声が体育館を駆けめぐる。
続けて、大地をゆるがすほどの足音が響き渡った。ステージに向かって、大勢の女子生徒が波のように押し寄せている。
な、何これ……。
「出た、鷹村ガールズ!」
明日香が心底あきれたような声でぼやいた。
「ね、ねぇ明日香。あれ、この前まで四方堂先輩の親衛隊だった人たちだよね……」
「そうだよ。乗り換えたんでしょ。新しい生徒会長に」
「の、乗り換えた……?」
親衛隊ってそういうものなの?
そんな、携帯電話を買い換えるみたいな感じで、いいの……?
「キリヤ! キリヤ!」
「キリヤ! キリヤ!」
「キリヤ! キリヤ!」
熱き女子生徒の大群は、ステージを降りた桐ちゃんをあっという間に取り囲んだ。もちろん、先生は制止しようとしているけど、乙女パワーがそれを上回ってるみたい。
獣のように血気盛んな少女たちの真ん中で、桐ちゃんはもみくちゃになりながら叫ぶ。
「よせ! 離れてくれ! あぁぁあぁっ――うざったい!!」
がんばってね、桐ちゃん。
わたしも、一緒にがんばる。困ったときは占うよ。だって、パパとの約束を、守りたいから。
わたしはよれよれになっている桐ちゃんを見ながら、密かに祈った。
――どうか、わたしの占いで、みんなが幸せになれますように。
《了》
