「結局、わたしの占い、中途半端になっちゃってごめんね、桐ちゃん」
空き教室から出て、昇降口に向かう。
話し合いと占いに時間がかかったせいか、すでに多くの部活が活動を終えているようで、校内にほとんど生徒は残っていないみたい。
桐ちゃんと並んで歩きながら、わたしは不甲斐ない結果をひたすら反省していた。
「謝るなよ。祈梨は別に、何も悪いことしてないだろ」
「はー。もう少しはっきりリーディングできると思ったんだけどな。四方堂先輩に占いをほめてもらったくらいで、調子に乗ってたらダメだね……」
わたしの嘆きを聞いた桐ちゃんは、はっきり分かるぐらい露骨に顔をゆがめた。
「……四方堂? ほめられたってお前、あいつといつ、そんな親密な話をしたんだよ」
「えーと、確か、このあいだ明日香が倒れた日だよ。明日香のカバンを保健室に持っていく途中で、四方堂先輩と会ったの。オセロの件で協力してもらったっていうのは話したでしょ? あのとき、わたしのことを覚えてくれたみたい」
「ふーん……」
桐ちゃんは、何故か口をとがらせてそっぽをむいてしまった。
ん? 何だか不機嫌度、上がってない?
「何で怒ってるの? 桐ちゃん」
「別に、俺は怒ってなどいない。……ん?」
桐ちゃんの視線が、妙な位置で止まる。わたしも同じ方を見ると、廊下の片隅にうずくまっている人の姿が見えた。
ふくよかな身体をゆったりした白衣で包んだ、保健室の鈴木先生だ。先生は廊下にしゃがみ込み、一生懸命何かを拾い集めている。
「鈴木先生、書類バラまいちゃったみたいだね」
「手伝ってくる」
言うが早いか、桐ちゃんは鈴木先生のもとへ走り寄り、一緒に書類を拾い始めた。
ああ、桐ちゃんて、昔からああいうのを見ると放っておけないタイプなんだよね。何かにつけて「時間がない」とか「面倒だ」とか言ってるのに。
……なんて思いながら、わたしも二人のもとへ駆け寄る。
「二人ともありがとう。本当に私ってドジだから」
すべての書類を拾い終えると、鈴木先生はニコニコ顔でお礼を言ってくれた。
「あれ、まだあそこに何か落ちてるぞ」
目ざとい桐ちゃんが、素早くしゃがんで廊下の端に落ちていたものを拾い上げる。
しかし「これは……」と言ったきり、なぜかそのまま固まってしまった。
硬直している桐ちゃんの手の中にあるのは、真っ赤な布でできた腕章だ。真ん中に、黒い文字で『生徒会長』と刺繍してある。
「ああ、それも落としてたのね。よかった。預かりものなのに、なくすところだったわ」
鈴木先生はホッとしたような表情を浮かべた。
「これって、生徒会長がつけている腕章ですよね。何で鈴木先生が持ってるんですか?」
固まったままの桐ちゃんに代わり、わたしが聞く。
「それがね……これも私のドジが原因なのよ。今日の昼休み、廊下で四方堂くんとすれ違ったんだけど、私ったらそのとき腕章に荷物のカドを引っかけて破っちゃったの」
「えっ、破れちゃったんですか?」
「そうなの。すぐに私が預かって、破けたところを修繕したわ。これ、とっても大事なものでしょう? だから、急いで直したのよ」
この腕章は、時ノ塔学園が創立された十年前から、生徒会長が代々引き継いで使っている。つまり、世界に一つしかない大切なものだ。
腕章は、一度破れたとは思えないほど綺麗だった。鈴木先生がていねいにつくろったんだろうな。
「すごく綺麗に直ってると思います」
「ええ。思ったより破れた部分が小さかったの。よかったわ。早く四方堂くんに返さなくちゃ……」
「――鈴木先生」
ずっと硬直して黙っていた桐ちゃんが、突如復活してわたしと先生の会話に割って入ってきた。
おどろくわたしたちを無視して、そのままぐいっと身を乗り出す。
「鈴木先生、今、『昼休み』と言いましたよね」
「え……えぇ、言ったけど……」
ただならぬ雰囲気に、鈴木先生は若干顔を引きつらせた。
そんなに激しい言い方じゃないのに、今の桐ちゃんには何だか妙な迫力がある。
「鈴木先生が、生徒会長の腕章を破損した時刻は、確かに昼休みだったんですね?」
「え、えーと……そうよ、昼休みだったわ。うん。間違いなく今日の昼休み。それから私がずっと預かっていて、さっきやっと修繕が終わったところなの」
「……そういうことか」
桐ちゃんはメガネのフレームを一度押し上げると、不敵な笑みを浮かべた。そして、手にしていた真っ赤な腕章を胸の前にかかげる。
「鈴木先生。この腕章、俺に預けてもらっていいですか? 俺から会長に返しておきます」
「ええ……それは助かるけど。いいのかしら、そんなこと頼んで」
「では、俺が預かります。おい、行くぞ祈梨!」
強い力でわたしの腕をつかむと、桐ちゃんは猛然と廊下を進み始めた。
「え、ちょっと桐ちゃん、一体どうしたの? これから何をするつもりなの?!」
窓から差し込む夕日を受けて、桐ちゃんのメガネがキラリと光る。
「俺たちがやることは一つだ。会いにいくんだよ――クロノスに」
わたしたちは、校庭をまっすぐ突っ切るように進んでいる。
歩きながら、桐ちゃんは「コイツの意味が分かった」と簡潔に言った。その手にあるのは、あの黒い封筒だ。
「ウソ! 桐ちゃん、分かったの?!」
「ああ。祈梨、お前の占いのおかげでな」
「わたしの占い? それってさっきの『カップの6』のこと?」
桐ちゃんはうなずくかわりに笑みを浮かべた。
「意味は『過去を振り返る』だったな。確かに、ヒントはそこにあった」
「どういうことなの?」
「このあいだ、祈梨の部屋で俺が落としたのは、この黒い封筒に入ってるのと同じ『運命の輪』ってカードだっただろ。そのとき、夏目が言ったことを覚えてるか」
桐ちゃんは黒い封筒の中から二枚のカードを取り出すと、そのうち一枚、『運命の輪』の方をわたしに見せた。
ええと確か、あのときは……。
『あれっ、そのカード、何? 時計かな?』
はっきり思い出した。
明日香はカードに描かれている絵を見て、『時計』って言ったんだ。『運命の輪』って、知らない人が見たら、時計や方位磁針に見えたりするんだよね。
「夏目はこのカードの絵を見て、描かれているのが『時計』だとカン違いしただろ? それでピンときた。封筒に入ってた二枚のカードは、占いとは関係ない。もちろん脅迫状でも何でもなく――これは絵解きの暗号だったんだ」
「暗号?!」
絵解きの暗号って、例えばお星さまが二つ描いてあったら、二個の星で『煮干し』って読む、みたいなアレのこと……だよね。
この二枚のタロットカードにも、そういう風に、別の意味があるってこと?
疑問の渦にのまれそうになっているわたしを見て、桐ちゃんは説明を重ねた。
「封筒の差出人は、タロットカードに描かれた絵を使ってメッセージを伝えてきてる。おそらく、タロットの知識がそんなにないヤツだろう。だから差出人は、夏目と同じようにこのカードに描かれているのは『時計の絵』だと思い込んだんだ」
「差出人には、タロット占いの知識がなかった……」
なるほど、そっか。
このタロットが何らかのメッセージを伝えているとして。もし差出人に占いの知識があるのなら、カードを封筒に無造作に入れるだけ……なんてことはしないはずだ。
タロット占いは、正位置や逆位置、スプレッドの選び方なんかで意味が変わったりするんだもん。
知っている人なら、もうちょっとそのへんに気を配ると思う。
「封筒の差出人は、この『運命の輪』のカードで『時計』を表したかったんだ。で、残ったもう一枚だが、これはもう『塔』そのものだろう。こっちは他のものと見間違えることはないからな。二枚合わせると……」
「――時計塔!」
「正解」
わたしの答えに、桐ちゃんはキリッと口角を上げた。
「封筒に書かれていた文字は『本日、十八時』。カードの方は、二枚合わせて『時計塔』。つまり差出人は、『今日の十八時に時計塔に来い』と言ってるんだ」
「十八時に時計塔に来い……うわー、謎が解けちゃった。すごい! すごいよ桐ちゃん!」
思わずはしゃぐと、桐ちゃんはふっと笑って、わたしの頭をワシワシっとなでた。
「いや、俺はさほどたいしたことはしてない。祈梨の占いで出たメッセージに従って、過去を振り返ったから真相に辿り着いたんだ。だから、これは祈梨の手柄だ
頭ナデナデなんて、桐ちゃんてば、わたしのこと子供扱いしてるのかな……?
けど、やっぱりほめられるのは嬉しい……って、あれ? 待って!
「ねぇ桐ちゃん。その肝心の『時計塔』ってどこなの?」
喜びもつかの間、ふっと疑問が湧く。
わたし、時計塔があるなんて話、聞いたことがない。一体どこなんだろう?
「ああ……それなら、ここだ」
桐ちゃんの長い指が、スッと持ち上がる。示された先にあったものは……。
「ここって、木造校舎?!」
わたしたちの目の前には、古めかしい木造の校舎があった。話しながら歩いてたら、いつの間にか校庭を抜けてここまで来てたみたい。
「この時ノ塔学園が建つ前、この場所に小学校があったのは知ってるか?」
「うん。聞いたことある」
このあいだ、魔物の呪いやクロノス様の話をしていたとき、明日香から聞いた話だ。
「木造校舎は、小学校があったころから今の場所に建ってる。有名な建築家が作った建物で、昔はメインで使われていたんだ。他に、敷地内には時計塔があった。木造校舎と時計塔は、戦前までこの街のシンボルだったらしい」
「シンボル……大事なものだったんだね」
「ああ。だが、戦後すぐ小学校は廃校になった。しばらくして今の時ノ塔学園の理事長がこのへんの土地をまとめて買って、新しい学校を作ろうと考えたんだ」
それが、確か十年ちょっと前のこと……だったよね。
「理事長は新しい学校を建てるとき、どうにかして街のシンボルを残せないか考えたらしい。木造校舎の方はリフォームでなんとかなったんだが、時計塔の方は土台の腐敗がひどくて、解体せざるを得なかった」
「じゃあ、シンボルはなくなっちゃったの?」
「いや。時計塔の上の部分は残せたんだ。だからそれを、木造校舎に移築……くっつけてある」
「くっつけてある……って?!」
「この木造校舎、建物の上に小屋みたいな部分がくっついてるだろ。あれは、昔の時計塔なんだ。理事長はそうやって、シンボルである時計塔を残した。時ノ塔学園って名前も、その時計塔から取ってる」
木造校舎は、レンガの箱の上に小さなサイコロを乗せたみたいな形をしている。そのサイコロの部分が、もともと時計塔だったのね。
言われてみれば確かに、サイコロの部分には時計がはめ込んである。
「へー。わたし、そんなの全然知らなかった。桐ちゃんはどこで昔のことを知ったの?」
「図書館にこの街の郷土資料が置いてあるだろ。俺はそれを読んだだけだ」
「読んだ『だけ』って……」
桐ちゃんはあっさり言うけど、郷土資料って全部で二十冊以上あって、一冊一冊が辞書くらい分厚かったはず。
アレを全部読んだなんて、信じられない!
「とにかく、時計塔といえばここしかない。封筒の差出人――クロノスは、ここにいる」
桐ちゃんはつかつかと歩いて、木造校舎の入り口に立った。わたしも追いかけていって、後ろからのぞきこむ。
木造校舎の入り口は、両開きのガラス製のドアだった。建物に明かりはついておらず、内部は暗くてよく見えない。
「行くぞ祈梨」
「うん」
わたしたちは、二人そろって重いガラス戸を押し開けた。
校舎の中は思ったより綺麗だった。普段、あまり人が立ち入ることはないって先生方から聞いていたけど、掃除はされてるみたい。
入り口をくぐって、長く続いていた廊下をしばらく進むと、やがて階段が見えてきた。一段一段確認しながら、上を目指す。
一階、二階、三階……。
この木造校舎は三階建て。だから本来なら、ここで行き止まりのはずだ。
だけど、わたしたちの立っている三階からさらに上へ向かって、細い階段が伸びている。
「ここから先は、移築された時計塔へ上がるためのものだな。……行くぞ」
桐ちゃんの言葉にうなずいてから、階段に足をかけた。
窓から入る夕日が、わたしと桐ちゃんの足元をしっかりと照らしてくれている。
互いの存在を確認しながら、昇りきった先――そこにあったのは、小さなドアだった。
「ジャスト十八時。約束の時間だ」
桐ちゃんはスマートフォンで時間を確認したあと、ドアの取っ手に触れる。
そのまま迷うことなく、一気に引き開けた。
「あっ……」
わたしは思わず声を上げ、桐ちゃんのシャツの背中をギュッと握りしめる。
狭い部屋の中、ポツンとともった明かりの下に、細長いシルエットが見えた。
誰か、いる!
「――さすがだね。こちらが指定した通りの時間だ」
穏やかな声でそう言いながら、やがてその『誰か』はゆっくりとこちらを振り向いた。
色素の薄い、サラサラの髪。
きっちりと上まで留められたシャツのボタン……。
「四方堂先輩……!」
名前を呼びながら、わたしは目を見開く。
「ようこそ『隠された時計塔』へ。僕が封筒の差出人――クロノスだよ」
四方堂先輩は、そう言って優雅に一礼した。
