ハッピー☆シャッフル ―ミラクル占いで事件解決しちゃいます?!―




 ――どうか、わたしの占いで、みんなが幸せになれますように。

 わたしはカードの山に手を置いてじっと目を閉じ、お祈りをした。そうして気持ちを落ち着かせてから、目を開ける。
「じゃあ、タロット占いを始めるね」
 わたしの名前は、綾川祈梨(あやかわいのり)
 三か月前に、中学一年生になったところ。身長は平均のど真ん中。髪型は耳下ボブ。成績は普通。部活動はしていない。
 ……って並べていくと、特に目立つところがないわたしだけど、ものすごーく大好きなものが一つだけある。
 それは、タロット占い!
 何を隠そう、わたしのママは超売れっ子占い師の『クリスタル・ミタマ』なんだ。もちろんこれは占い師ネームで、本名は珠代(たまよ)っていうんだよ。
 ママの占いはすごーくよく当たる。あまりの的中率にあちこちで評判になって、今じゃ雑誌やテレビにひっぱりだこの有名人。
 そんなママのすすめで、わたしはタロットカードに触れた。今ではすっかり大好きになって、将来はママのような占い師になりたいなー……なんて思ってる。
 わたしの夢は、占いでみんなを幸せにすること。
 ものすごーく大それた夢だと思うけど、いつか叶えたい。
 これは『ある人』との大事な約束でもある。わたしは夢を叶えるために、毎日カードをながめて、占いの勉強をしてるんだ。
「祈梨、頼むね。バッチリ占って!」
 小さなテーブルの前で、わたしを拝み倒すような勢いで見つめているのは、親友の夏目明日香(なつめあすか)
 わたしと明日香は小学校からの仲よしで、中学でも同じクラス。今日は明日香の方から占いを頼んできて、学校が終わったあと、こうしてわたしの部屋に来てるんだよ。
 占い師のタマゴとしては、占いを依頼してくれる明日香の存在はとてもありがたい。。だって、それって明日香がわたしの占いを信じてくれている証拠でしょ?
「じゃあ、カードを混ぜるね」
 わたしはタロットカードの束を手に取った。それをまず大小二つの山に分けて、数が多い方の束を脇に置き、少ない方は裏向きにテーブルに広げる。
 広げたカードを両手でゆっくりと時計回りにかき回し、十分に混ざったところでいったんまとめ、向かい側で神妙な顔つきをしている明日香に差し出した。
「はい。今度は明日香がこのカードをシャッフルして。何回切ってもいいからね」
 占う前にまずカードを混ぜるんだけど、それをシャッフルっていうの。これは占う本人にもやってもらうんだよ。
「切ればいいんだね。分かった」
 明日香は受け取ったカードの束を、トランプを切るようにして何回かシャッフルする。切られたカードが、再びわたしの手元へ戻ってきた。
 まずお祈りをして、カードを混ぜて、シャッフルして……。占い師によってここまでのやり方魔さまざまだけど、これがわたしのルーティン。
「明日香が占いたいのは、今度の大会で、どうやったらいい成績を残せるか……だよね」
「そう! そうなの!」
 トレードマークのショートカットをぴょんと揺らして、明日香はわたしに顔をぐっと近づけた。
 わたしよりも小柄できゃしゃな明日香だけど、将来の夢はなんと、柔道家なの!
 明日香の両親はそろって柔道の元国体選手で、お家では柔道教室を経営してるんだ。二人いるお兄さんも有段者で、まさに柔道一家なんだよ。
 明日香自身も幼いころから柔道漬け。もうすぐ夏の市民大会っていうのがあって、そこに出場するんだって。その大会の結果が、今から気になっているみたい。
「今回のスプレッドは、スリーカード・オラクルにするね」
 わたしは手元のカードの束のうち、一番上のカードを一枚テーブルに置いた。二枚目のカードをその右、三枚目のカードをさらに右に並べる。合計三枚のカードが、わたしの前に横一列に並んでいる形ね。
「ねぇ祈梨、『スプレッド』って何? その単語、あたし初耳かも」
「ああ、スプレッドっていうのは、カードの並べ方のことだよ。タロット占いは、占う事柄によって、使う枚数と並べ方がそれぞれ違うの」
 いろいろあるスプレッドのうちどれを使うかは、何を占うかで決まってくる。
 今回は三枚のカードを横に並べる『スリーカード・オラクル』というスプレッドを使うことにした。
「スリーカード・オラクルは、過去から現在、そして未来を、三枚のカードに当てはめるスプレッドなの。明日香が今までどういう風にがんばっていて、それがどんな結果をもたらすかを見るんだよ」
「なるほどー。分かった。じゃあさっそく結果を教えて、祈梨」
「これからカードを開いていくね。明日香から見て一番左が過去。真ん中が現在。そして、一番右が未来を見るカードになるの。まずは過去のカードから……」
 わたしはまず、過去を表す一番左のカードをひっくり返した。
 そこには、真っ黒な空を背景に、細長い形の建物が描かれていた。その建物は雷に打たれていて、塔の上から落下していく人の姿が描き込んである。
「なんか……くらぁ~い感じのカードだね」
 出たカードをながめて、明日香は顔をしかめた。
「明日香のその感覚は正しいかも。このカードは『16・塔』。意味は――ショックや災い」
 タロットカードには一枚一枚違う絵が描いてある。そして、それぞれきちんと、別々の意味を持っているの。
 幸運を意味するものもあれば、そうじゃないカードもあるんだけど……。
「わ、災いって……。ひえ~! なんか、怖くなってきたあぁぁ~」
 明日香は頭を抱えるようなポーズでおびえ始めた。
 だけどわたしはそんな明日香に向かって、ふるふると首を横に振って見せる。
「大丈夫だよ明日香。これは一番左側のカードだから、過去にあった出来事を示しているの。つまり、災難は災難でも、もう『終わった事柄』ってこと」
 タロット占いは、カードが持つ意味だけでなく、スプレッド上でどこにそのカードが出たかによって結果を判断する。だから、よくない意味のカードが出たからって、むやみに怖がる必要はない。
「明日香。柔道に関することで、前に何かショックな出来事はなかった?」
 すると、明日香はポンっと左のこぶしを右の手のひらに打ち付けた。
「あー、あったあった! あたし、二週間くらい前、他の道場との練習試合であっさり一本取られて負けちゃったんだよ。もう、さすがにショック。だって練習試合で負けてるようじゃ、大会で勝てるわけないし」
「じゃあこのカードは、多分そのときの明日香の気持ちを表してる」
「うわー、じゃあバッチリ当たってるじゃん。すごい! さすが、未来の大占い師!」
 明日香は大きく拍手しながらわたしをほめちぎった。
 いつもこうやって、感情をストレートに出すのが明日香のポイント。うれしいけど……少し、照れちゃうな。
「えへへ。じゃあ、残りのカードも見てみよっか」
 わたしは言いながら、『塔』の右隣、三枚のうちの真ん中のカードをひっくり返した。
 描かれていたのは、何か箱のようなものに乗った男の人だ。このカードは『7・戦車』。ただし、明日香から見ると上下が逆になっている。
「うーんと、真ん中のカードって、確か『現在』を見るんだったよね」
 明日香はカードをしげしげと見つめた。
「そう。このカードが表してるのは、明日香の今現在の気持ち。出たのは『戦車』の『逆位置』だね」
「……逆位置? って、何だっけ」
「これ、カードの上下がさかさまになってるでしょ。だから逆位置。本来の位置なら『正位置』って呼ぶんだけど、正位置と逆位置では、カードの意味が違ってくるの」
「ふむふむ。それで、結局このカードはどういう意味?」
「『戦車』のカードが正位置で出た場合、意味は『挑戦』とか『勝利』。だけどこれが逆位置で出た場合は、『失敗を恐れて後退する』っていう意味になるんだよ」
「失敗を恐れる……うわ、これまた的中! あたし今、二週間前の負けをずーっと引きずっててさぁ」
 これも当たっていたみたい。
「じゃあ次はいよいよ、未来の明日香……大会の結果について見てみるね」
 わたしは最後に残った一枚、右端のカードを開いた。
 明日香の未来を表す位置に出たカード――そこには一人の女の人と、一頭のライオンが描かれている。
「えっー、何? このカード、何なの?!」
 明日香はわたしとカードを交互に見つめて、目をパチパチした。
「これは『8・力』。『根気』とか『強い意志の力』を表すの。困難があっても、強い意志の力を持って、根気よくがんばれば道は開けるっていうこと。……いいカードだよ!」
「根気よくがんばる……そっか。うん、そうだよね。あたし、うだうだ心配するの、もうやめた! ここまで来たら、大会の日まであきらめずに練習するっきゃないよね!」
「うん。明日香ならきっと大丈夫。いつもがんばってるもん!」
「ありがと。自信が湧いてきた! 祈梨の占いは、やっぱり頼りになるなぁ~。また何かあったらよろしくね」
 明日香はにっこりと笑った。その顔を見て、わたしの肩からホッと力が抜けていく。
「こちらこそありがとう、明日香。いつも占いの相手になってくれて、助かってるよ」
 と、二人で笑い合っていたそのとき。
 明日香が突然、ピクリと動いた。そのまま目を閉じて、耳を澄ますポーズ。
「誰か来たみたい。足音が聞こえる」
「え?」
 運動神経抜群の明日香だけど、実は人一倍耳もいいんだよね。明日香につられて耳を澄ましていると、やがてわたしの耳にもトントンというかすかな足音が聞こえてきた。
「祈梨。開けるぞ」
 そして、低くて落ち着いた声とともに、部屋のドアがゆっくりと開かれる。
 突然現れたその人は――。
(きり)ちゃん!」
 思わず名前を呼んでしまった。
 桐ちゃんこと、鷹村桐哉(たかむらきりや)。わたしの幼なじみだ。
 わたしと桐ちゃんは、家がお隣同士で、小さいころからずっと一緒に過ごしてきたの。歳は桐ちゃんの方が一つ上で、わたしや明日香と同じ中学に通う二年生だよ。
 部屋に入ってきた桐ちゃんは、黒いシャツに黒いズボンをさらっと身に着け、本やノートを抱えていた。わたしと明日香は制服のセーラー服を着たままだけど、桐ちゃんは学校から帰ったあと、いったん着替えてからうちに来たみたい。
 黒っぽい服に加えて、細い銀フレームのメガネと短く切りそろえられた黒髪が、桐ちゃんの知的な顔立ちとよくマッチしてる。
 見た目だけじゃなくて、実際にすごく頭がいいんだよ。何万人も受ける全国模試で、一ケタ台の成績取っちゃうくらいの秀才なんだから。
「うわ~、桐哉センパイだ! こんにちはー」
 明日香が桐ちゃんを見て歓声を上げた。
 頭がよくてクールな見た目の桐ちゃんは、男女問わず一目置かれる存在で、明日香はそんな桐ちゃんファンの一人なの。
「突然顔を出すから、びっくりしたよ、桐ちゃん」
 わたしがそう言うと、桐ちゃんのクールな目が細く鋭くなった。
「俺はインターフォンを何度か鳴らしたぞ。明かりはついてるのに返事がないから、『上がるぞ』と断って上がった」
「え……そうなの? 全然気が付かなかった」
 どうやら、占いに夢中になってて他の音が聞こえなくなっちゃってたみたい。
 明日香もわたしと同じだったようで、うんうんうなずいてる。そして、改めてテーブルの上を指さした。
「あたし、祈梨に占ってもらってたんです。今日もバッチリ当たりましたよ!」
 人気者の桐ちゃんに会えて、明日香はやや興奮気味みたい。いっぽうの桐ちゃんは、表情一つ崩さないまま戸口にたたずんでいる。
「そうだ! 桐哉センパイも、祈梨に何か占ってもらったらどうです?」
 明日香は桐ちゃんの腕を無理やり引っ張って、自分の隣に座らせた。
 あ、明日香ってば、憧れの先輩の隣に座りたくて、わたしの占いをダシにしてるな……。
 占い師になりたいっていうわたしの夢は、幼なじみの桐ちゃんも知っている。だから昔はよく、桐ちゃんを相手に占いの練習してたんだけど……。
 最近はそれができずにいる。
 中学に入ってから、桐ちゃんが勉強に力を入れるようになったからだ。もともと勉強家だったけど、さらに必死になってるっていうか……。
 もう、暇さえあれば参考書を読んでるって感じで、ものすごーく忙しそう。「占いの練習相手になって」なんて、気軽に頼めなくなっちゃった。
「いや、俺はいい。テーブルの上、とっとと片付けてくれ」
 案の定、桐ちゃんは素っ気なくそう言い放った。わたしは仕方なく、出しっぱなしだったカードをまとめ始める。
 テーブルの上には、タロットカードが二つの束に分けて置かれていた。その山の一つを手に取ったところで、明日香が口をはさむ。
「ねえ祈梨。祈梨はさっき、カードの山を二つに分けて一つだけを占いに使ったけど、それってどうして? 残ったカードは使わないの?」
「ああ、それね」
 明日香の言う通り、わたしがさっき使ったのは、タロットカードの一部だけ。使わないカードは脇によけておいたの。
「タロットカードって全部で七十八枚あって、特定の二十二枚のカードを『大アルカナ』って呼ぶの。残りの五十六枚は『小アルカナ』。大アルカナは占いの核になるカードで、小アルカナは細かい分析を添える感じかな。全部のカードを使った占いもあるけど、結果をズバリ知りたいときは、大アルカナだけで見たほうが分かりやすいんだ」
「おお、なるほど、そういうことかー。納得!」
 明日香はふんふんうなずく。
「あとはケースにしまうだけだろ。俺がやる」
 わたしが七十八枚のカードを一つにまとめたところで、桐ちゃんがスッと手を伸ばしてきた。
「うん、ありがと。……あっ」
 カードが桐ちゃんの手に渡った直後、束の中から一枚、カードが飛び出す。
 その一枚はやがて、はらりと床に落ちた。
「あれっ、そのカード、何? 時計かな?」
 声を上げたのは明日香だ。
 桐ちゃんの前に落ちたカードには、丸い輪が描かれていた。輪っかの中には縁に沿うような感じでローマ数字がいくつか書かれてるから、時計に見えなくもないけど……。
「ううん。時計じゃないよ。このカードは『10・運命の輪』。カードに描いてある丸いのは車輪……運命の輪なの」
「へー。あ! なんか今の、桐哉センパイを占ったみたいな感じになっちゃったね」
「そう言われればそうだね。桐ちゃんの手に渡ったとたんに、カードが飛び出したし」
「このカード、どういう意味があるの?」
 明日香の質問に、わたしはすかさず口を開く。
「『運命の輪』の意味は『変化』。『運命のサイクルが巡り始める』っていうこと。桐ちゃんには近々、何か新しい変化が起こるのかもしれない」
 と、聞かれるまま答えちゃったけど……。うーん、変化か。桐ちゃんに何が起こるんだろう。
 この『運命の輪』は、悪い意味のカードではないはずだけど、『予想もつかない運命の転換』とか『自分ではあらがえない変化』というような意味もある。
「変化ですって。桐哉センパイ!」
 明日香は無邪気に笑った。
 しかし桐ちゃんは落ちたカードを無表情に拾ってケースにしまい、ついでにメガネをくいっと押し上げる。
「さて片付いた。そろそろ始めるぞ、祈梨」
「え、始めるって、一体何を?」
 わたしが首をかしげると、桐ちゃんの右の眉が不機嫌そうにつりあがった。
「何やってんだよ。とっとと教科書とノート出せ。勉強するぞ」
「え、勉強?!」
「あのなぁ、祈梨。『期末テストが近いから一緒に勉強しよう』って言ったのはお前だろ」
「あれ? そんなこと言ったっけ、わたし」
「言った。昨日の夕飯のときにな。忘れたのかよ」
 昨日はうちのママの帰りが遅くて、わたしは桐ちゃん()で桐ちゃん一家と晩ご飯を食べたんだ。そこまでは覚えてるんだけど……。
 ひたすら頭をひねるわたしを見て、桐ちゃんは大きく溜息をついた。
「ニワトリは三歩歩いたらエサを食べたことも忘れるらしいが……お前の頭はそのニワトリ並みだな、祈梨」
「うっ……」
「鳥頭の祈梨より、俺の記憶の方が正しい。それに、定期テストはもう来週だぞ。祈梨が一人でもすらすら問題が解けるって言うんなら、俺は帰るが」
「ううん! 無理。勉強します。帰らないで桐ちゃん!」
 桐ちゃんの話はいつも筋が通っていて、理論的なの。
 それはいいんだけど、ちょっと『グサッ』とくることもあるんだよね。ずっと一緒にいるからこんな毒舌にはもう慣れっこだけど、もう少し優しく話してほしいなぁ。
「あの、祈梨……そういうことなら、あたしは帰るね」
 今までわたしと桐ちゃんのやり取りを黙って見ていた明日香が、そろそろと立ち上がった。そのまま部屋から出て行こうとするのを、わたしはあわてて引き止める。
「え、明日香、帰っちゃうの? せっかくだから一緒に勉強していかない?」
「ううん! あたしはいい。教科書なんて、見てるだけで頭痛がするんだもん!」
 そうだった……。明日香って柔道やスポーツ全般には積極的だけど、勉強の方は全くといっていいほど興味がないんだよね。
「じゃあ、また明日学校で。あとは二人でごゆっくり~!」
 ひきつったような笑みを浮かべながら、明日香はそそくさと外に出ていってしまった。
「おい祈梨」
 部屋のドアをぼーっと見ていたら、桐ちゃんの鋭い声が飛んでくる。振り向くと、メガネごしにクールな視線。
「お前、いい加減に俺の呼び方、なんとかしろよ。さすがにもう『ちゃん付け』はよせ」
「え、そんなこと言われても……」
 最初は一つ年上の桐ちゃんを『桐哉おにいちゃん』って呼んでたんだけど、だんだん省略されて『桐ちゃん』になった。
 もう、すっかりこれで定着してる。いまさら変えろって言われても……。
「桐ちゃんはわたしのお兄ちゃんみたいなものじゃない。別の呼び方に変えるなんて、ちょっとなぁ」
 すると、桐ちゃんの顔がふっと曇った。
「いまだに兄扱いかよ……」
 そのあとも何やらごにょごにょつぶやいてたけど、やがてあきらめたような溜息が漏れてくる。
「……呼び方についてはもういい。教科書出せ。勉強するぞ」
「ねぇ、本当に今から勉強するの? 占いをやったばかりだし、ちょっと休みた……」
「くずぐず言わずに、用意!」
「はいっ!」
 桐ちゃんの有無を言わせない迫力に、わたしは思わず身体を縮ませた。
 はぁ……。わたしの幼なじみ、ちょっとスパルタすぎない?!