――翌朝。
聖月学園。
いつものように、麗愛は凛空と一緒に教室へ向かっていた。
「麗愛、昨日のカフェほんまに可愛かったな〜」
「うん!写真もめっちゃ盛れた!」
「あとで送ってよ?」
「もちろん!」
そんな他愛もない話をしながら廊下を歩いていると――
「あっ」
麗愛のバッグから、小さなキーホルダーが落ちた。
けれど麗愛は気づかない。
そのまま歩いていこうとした、そのとき。
「これ」
後ろから声がした。
「……え?」
振り返る。
そこにいたのは――
黒崎くんだった。
麗愛が落としたキーホルダーを拾って、こちらに差し出している。
「あっ!ありがとう!」
「ん」
麗愛が受け取る。
すると、黒崎くんがそのまま立ち去ろうとして――
「あ、そうや」
ふと振り返った。
「蓮翔でええよ」
「……え?」
麗愛が目を丸くする。
「黒崎くんじゃなくて、蓮翔で」
「……あ、うん」
突然のことに少し戸惑いながらも、麗愛は小さく笑った。
「じゃあ……蓮翔、ありがとう」
「ん」
それだけ言うと、蓮翔はそのまま歩いていった。
「……」
麗愛はその背中を見送る。
「急に名前で呼んでって言われた……」
「麗愛ー?」
凛空に呼ばれて、麗愛は振り返る。
「ん?」
「行こー?」
「うん!」
麗愛は凛空のところへ戻った。
このときの麗愛は――
ただ、クラスメイトの名前を一つ知った。
それくらいにしか思っていなかった。
――――――――――
そして――夜。
月華嬢のいつもの集合場所。
麗愛は今日も、金色の髪に淡い水色の瞳。
白とシルバーとピンクの特攻服に身を包んでいた。
「ねえねえ、これ見て!」
麗愛がスマホの画面をみんなに見せる。
「新しいカラコン買ったんやけど、めっちゃ可愛くない?」
「かわいい!」
「どこの?」
「今日見つけたの!」
「また買ったの?」
「だって可愛かったんやもん!」
笑い声が響く。
いつもと変わらない、楽しい夜。
すると――
「おー、今日もおるやん」
少し離れたところから声がした。
麗愛たちが振り返る。
そこにいたのは――
黒月会のメンバーたち。
そして、その真ん中に立っているのは。
蓮翔。
「……あれ?」
凛空が蓮翔を見る。
そして、麗愛を見る。
「……麗愛」
「ん?」
「今の人……」
「うん?」
「学校の黒崎くんじゃない?」
「……え?」
麗愛も蓮翔を見る。
昼間に見た姿とは少し違う。
けれど。
顔は間違いなく――
「……黒崎くんや」
「やっぱり?」
「え、じゃあ……」
麗愛は目を丸くする。
「黒崎くんって、黒月会の人なん?」
「たぶんそうやろな」
「ええ!?」
麗愛と凛空は顔を見合わせる。
「まさか黒月会の総長だったんだ〜」
「学校では普通にしてるのにね」
「びっくりやなあ」
二人で小さく笑う。
すると――
「……なあ」
蓮翔がこちらへ歩いてきた。
「え?」
麗愛が顔を上げる。
「ちょっとええ?」
「……う、うん?」
蓮翔が麗愛の前に立つ。
そして――
「俺、蓮翔」
「……え?」
麗愛が目を丸くする。
「蓮翔……?」
「うん」
その瞬間。
麗愛の隣にいた凛空が、ピクッと反応した。
「……麗愛」
「ん?」
「今、蓮翔って言った?」
「うん」
「……学校の黒崎くんも、蓮翔じゃなかった?」
「…………あ」
麗愛も目を丸くする。
「ほんまや……!」
二人で顔を見合わせる。
「え、名前一緒やん!」
「まさか……」
「いやいや、そんな偶然ある?」
「でも……」
麗愛は目の前の蓮翔を見る。
学校で見る黒髪の男子。
そして今、目の前にいる黒月会の総長。
雰囲気は全然違う。
服装も髪型も違う。
「……まあ、同じ名前の人っておるもんな」
「そうやな」
凛空も頷く。
「……でも、ちょっとびっくりした」
「?」
蓮翔が不思議そうに麗愛を見る。
「なんでもない!」
麗愛は慌てて笑った。
「それで……何?」
「いや」
蓮翔は少しだけ迷ってから――
「連絡先、教えてくれへん?」
「…………え?」
麗愛の目が大きくなる。
「れ、連絡先……?」
「うん」
「なんで……?」
蓮翔は少しだけ笑った。
「また会いたいから」
「…………」
麗愛の顔が一気に赤くなる。
「え、えっと……」
どうしよう。
そんなこと、突然言われると思ってなかった。
「……」
麗愛は凛空を見る。
凛空はニヤニヤしながら、何も言わない。
「……じゃあ」
麗愛は戸惑いながらスマホを取り出した。
「……いいよ」
「ほんま?」
「う、うん」
二人のスマホを近づける。
ピコン。
連絡先の交換が完了した。
「ありがと」
蓮翔が笑う。
「じゃあ、また連絡するわ」
「……うん」
「またな、」
「ばいばい……」
蓮翔が黒月会のメンバーのところへ戻っていく。
その背中を見ながら――
「…………」
麗愛はスマホを握ったまま固まっていた。
「麗愛」
「……なに?」
「今の、何?」
「……分からん」
「連絡先聞かれてたよね?」
「うん……」
「しかも名前まで学校の黒崎くんと同じ」
「……うん」
「え、なになに?」
他のメンバーも集まってくる。
「もしかして恋?」
「麗愛、やるじゃん!」
「ち、違うって!」
麗愛の顔が真っ赤になる。
「ほんまに違うから!」
「じゃあなんで連絡先交換したの〜?」
「……それは……」
「それは?」
「……戸惑って……そのまま……」
「かわい〜!」
「麗愛、恋じゃん!」
「違うーー!」
麗愛は必死に否定する。
けれど――
手の中のスマホを見る。
そこに表示された名前。
【蓮翔】
「……」
学校で呼ばれた名前と同じ。
夜に名乗られた名前も同じ。
「……ほんまに偶然なんかな」
麗愛は小さく呟いた。
――――――――――
その頃。
黒月会。
「おい蓮翔」
こうががニヤニヤしながら蓮翔の肩を組む。
「やるやん」
「何が?」
「連絡先」
「……別にええやろ」
「いやいや、あの月華嬢の総長に自分から聞くとはなぁ」
「また会いたいんやから、聞いただけや」
「はいはい」
こうがが笑う。
「で?」
「何やねん」
「名前聞いたん?」
「……聞いた」
蓮翔はスマホを見る。
今日交換したばかりの連絡先。
そこに表示された名前は――
【月城 麗愛】
「……」
蓮翔の表情が止まる。
「……麗愛?」
「ん?」
こうがが覗き込む。
「名前、麗愛なん?」
「……ああ」
蓮翔はスマホを見つめた。
昼間。
教室で見た女の子。
月城麗愛。
そして――
今、目の前にいた月華嬢の総長。
麗愛。
「…………」
名前まで同じ。
しかも。
やっぱり、どこか似ている。
「……んなわけないやろ」
蓮翔は小さく呟いた。
「でも……」
どうしても頭から離れない。
昼間の黒髪。
夜の金髪。
全然違うはずなのに。
「……気になるなぁ」
「名前も一緒やし…」
こうがが笑う。
「お前、完全にハマってるやん」
「うるさい」
蓮翔はそう言いながらも――
スマホの画面を、もう一度見た。
【月城 麗愛】
その名前を。
まだ二人は知らない。
目の前の相手が――
昼と夜。
同じ一人の少女だということを。
