「おい、紬ちゃん! 一体どういうことだよ、これ!」
経理課の静かなフロアに、佐藤の焦りきった声が響き渡った。
紬が驚いて顔を上げると、営業部のベテラン、佐藤が丸い身体を揺らしながらバタバタと突進してくるところだった。
その手には、何枚もの領収書と請求書の束が大事そうに、かつ乱雑に握られている。
いつものお茶目な笑顔は消え失せ、本気で困り果てているのが一目で分かった。
「佐藤さん、落ち着いてください。どうしたんですか?」
「落ち着いていられないって! さっきビックカメラのバイヤーさんへの接待費を入力したらさ、アベニールが『一回五千円以下のチェーン店のみ許可』なんてエラーを吐き出して、画面をロックしちゃったんだよ!」
佐藤は顔を真っ赤にしながら、デスクのキーボードを壊さんばかりの勢いで身を乗り出してきた。手元でガサガサと音を立てる領収書の山が、彼の焦りを物語っている。
「常務クラスが来る大事な商談を、駅前のチェーン居酒屋でやれってこと!?」
佐藤は自分の頭を抱えるようにして、大袈裟に嘆いてみせた。
「経理のほうで今すぐこれ、何とかしてよ、紬ちゃん!」
佐藤がデスクに泣きつくように書類の束を置く。その声を合図にしたかのように、営業部のメンバーが次々と経理課のフロアへなだれ込んできた。
「紬先輩、僕のほうもマジで勘弁してほしいです……!」
次に紬のデスクに詰め寄ってきたのは、EC担当の若手、鈴木だった。
いつもなら眠そうにしている目が、今日は極度の寝不足と疲弊で完全に据わっている。
「アベニールから『来週月曜に売れる予測が出たから、今週末にポイント十倍セールを仕掛けろ』って、昨日の深夜二時に自動タスクがスマホに飛んできたんですよ」
鈴木は自分のスマートフォンの画面を、まるで凶器のように紬の目の前に突きつけてきた。
「これ、実質『土日も寝ないで働け』って意味ですよね? 紬先輩、このおかしなシステム設定、今すぐ元に戻せないですか!?」
「ちょっと、私にも言わせて頂戴!」
さらに横から割り込んできたのは、実演販売担当の高橋だった。
いつもは百貨店のマダムたちを魅了するハキハキとした綺麗なお姉さんが、今は眉を逆立てて紬に詰め寄っている。
「デパートの特設会場で使う、演出用の最高級トリュフオイルと有機野菜の食材費をね、アベニールに『一般的な調理検証費を大幅に超過。不適切』って一秒で自動却下されちゃったのよ!」
高橋は持っていたバインダーを、ピシャリと自分の手のひらに打ち付けた。
「私たちの家電のプレミアム感を出すために必要な経費なのにさ! 人参だけ炒めてろってこと!? 紬ちゃん、これ絶対に何とかしてよ!」
「ちょっと皆さん、一度にまくし立てたら紬ちゃんが可哀想でしょ。少し落ち着きなさい」
デスクに身を乗り出す三人に対し、隣の席から藤沢先輩がピシャリと厳しい声を放ち、紬の前に立つようにして間に入ってくれた。
「藤沢さん、だってこれじゃ仕事にならないんだよ!」
「そうですよ、僕たちのワークライフバランスが崩壊します!」と佐藤や鈴木が、なおも食い下がる。
藤沢先輩は彼らの書類を素早くチェックしながら、困ったように眉の根を寄せた。
「言い分は分かるわよ。でもね、アベニールの導入は経営企画の決定だし、私たちのパソコン画面も今朝から真っ赤なエラーでフリーズしているの。紬ちゃんがシステムを弄って弾いているわけじゃないわ」
「皆さん、待ってください! 先輩の言う通り、私のパソコンでも長谷川さんの経費がロックされてしまって、経理課の手動での解除が一切できない状態なんです!」
紬も藤沢先輩の背中から必死に声を張り上げて弁明するが、気心の知れた営業部員たちの勢いは簡単には止まらない。
「そこをなんとか融通きかせてよ!」
「支払期日に間に合わなくなったらマズいよ!」と、まるで紬自身がAIの代理人であるかのように縋り付かれてしまう。
押し寄せる不満の言葉に、紬の呼吸はどんどん浅くなっていった。
『大河内部長……! 助けてください!』
紬は心の中で悲鳴を上げながら、助けを求めるように、奥のガラス張りの部長室へ視線を送った。
しかし、事なかれ主義の大河内部長は、外の修羅場に完全に気づいているにもかかわらず、紬たちと一切目を合わせようとしなかった。
それどころか、すっとパソコンの画面に顔を近づけて忙しいフリをしている。
挙句の果てには「ちょっと役員フロアに呼ばれてね」と書類を小脇に抱え、そそくさと裏のエレベーターから逃げ出してしまった。
室井統括部長の顔色を伺って、現場のトラブルをすべて紬に丸投げしたのだ。
『そんな……嘘でしょう……』
一番頼るべき上司に背中を向けられ、紬は一人、困り果てた営業部員たちの盾としてフロアの真ん中に取り残された。
あまりの理不尽さと、アベニールの冷徹な仕様への恐怖。
その時、管理部の自動ドアが静かに開き、一人の男がフロアへと足を踏み入れた。
経理課の静かなフロアに、佐藤の焦りきった声が響き渡った。
紬が驚いて顔を上げると、営業部のベテラン、佐藤が丸い身体を揺らしながらバタバタと突進してくるところだった。
その手には、何枚もの領収書と請求書の束が大事そうに、かつ乱雑に握られている。
いつものお茶目な笑顔は消え失せ、本気で困り果てているのが一目で分かった。
「佐藤さん、落ち着いてください。どうしたんですか?」
「落ち着いていられないって! さっきビックカメラのバイヤーさんへの接待費を入力したらさ、アベニールが『一回五千円以下のチェーン店のみ許可』なんてエラーを吐き出して、画面をロックしちゃったんだよ!」
佐藤は顔を真っ赤にしながら、デスクのキーボードを壊さんばかりの勢いで身を乗り出してきた。手元でガサガサと音を立てる領収書の山が、彼の焦りを物語っている。
「常務クラスが来る大事な商談を、駅前のチェーン居酒屋でやれってこと!?」
佐藤は自分の頭を抱えるようにして、大袈裟に嘆いてみせた。
「経理のほうで今すぐこれ、何とかしてよ、紬ちゃん!」
佐藤がデスクに泣きつくように書類の束を置く。その声を合図にしたかのように、営業部のメンバーが次々と経理課のフロアへなだれ込んできた。
「紬先輩、僕のほうもマジで勘弁してほしいです……!」
次に紬のデスクに詰め寄ってきたのは、EC担当の若手、鈴木だった。
いつもなら眠そうにしている目が、今日は極度の寝不足と疲弊で完全に据わっている。
「アベニールから『来週月曜に売れる予測が出たから、今週末にポイント十倍セールを仕掛けろ』って、昨日の深夜二時に自動タスクがスマホに飛んできたんですよ」
鈴木は自分のスマートフォンの画面を、まるで凶器のように紬の目の前に突きつけてきた。
「これ、実質『土日も寝ないで働け』って意味ですよね? 紬先輩、このおかしなシステム設定、今すぐ元に戻せないですか!?」
「ちょっと、私にも言わせて頂戴!」
さらに横から割り込んできたのは、実演販売担当の高橋だった。
いつもは百貨店のマダムたちを魅了するハキハキとした綺麗なお姉さんが、今は眉を逆立てて紬に詰め寄っている。
「デパートの特設会場で使う、演出用の最高級トリュフオイルと有機野菜の食材費をね、アベニールに『一般的な調理検証費を大幅に超過。不適切』って一秒で自動却下されちゃったのよ!」
高橋は持っていたバインダーを、ピシャリと自分の手のひらに打ち付けた。
「私たちの家電のプレミアム感を出すために必要な経費なのにさ! 人参だけ炒めてろってこと!? 紬ちゃん、これ絶対に何とかしてよ!」
「ちょっと皆さん、一度にまくし立てたら紬ちゃんが可哀想でしょ。少し落ち着きなさい」
デスクに身を乗り出す三人に対し、隣の席から藤沢先輩がピシャリと厳しい声を放ち、紬の前に立つようにして間に入ってくれた。
「藤沢さん、だってこれじゃ仕事にならないんだよ!」
「そうですよ、僕たちのワークライフバランスが崩壊します!」と佐藤や鈴木が、なおも食い下がる。
藤沢先輩は彼らの書類を素早くチェックしながら、困ったように眉の根を寄せた。
「言い分は分かるわよ。でもね、アベニールの導入は経営企画の決定だし、私たちのパソコン画面も今朝から真っ赤なエラーでフリーズしているの。紬ちゃんがシステムを弄って弾いているわけじゃないわ」
「皆さん、待ってください! 先輩の言う通り、私のパソコンでも長谷川さんの経費がロックされてしまって、経理課の手動での解除が一切できない状態なんです!」
紬も藤沢先輩の背中から必死に声を張り上げて弁明するが、気心の知れた営業部員たちの勢いは簡単には止まらない。
「そこをなんとか融通きかせてよ!」
「支払期日に間に合わなくなったらマズいよ!」と、まるで紬自身がAIの代理人であるかのように縋り付かれてしまう。
押し寄せる不満の言葉に、紬の呼吸はどんどん浅くなっていった。
『大河内部長……! 助けてください!』
紬は心の中で悲鳴を上げながら、助けを求めるように、奥のガラス張りの部長室へ視線を送った。
しかし、事なかれ主義の大河内部長は、外の修羅場に完全に気づいているにもかかわらず、紬たちと一切目を合わせようとしなかった。
それどころか、すっとパソコンの画面に顔を近づけて忙しいフリをしている。
挙句の果てには「ちょっと役員フロアに呼ばれてね」と書類を小脇に抱え、そそくさと裏のエレベーターから逃げ出してしまった。
室井統括部長の顔色を伺って、現場のトラブルをすべて紬に丸投げしたのだ。
『そんな……嘘でしょう……』
一番頼るべき上司に背中を向けられ、紬は一人、困り果てた営業部員たちの盾としてフロアの真ん中に取り残された。
あまりの理不尽さと、アベニールの冷徹な仕様への恐怖。
その時、管理部の自動ドアが静かに開き、一人の男がフロアへと足を踏み入れた。
