紬が食事を食べ終わろうとした頃、リビングのドアが勢いよく開いた。
「ただいまー。ねえ、お母さん、冷蔵庫のプリン食べていい?」
入ってきたのは、専門学校に通う二歳下の妹・詩織だった。
流行りのオーバーサイズの服をルーズに着こなし、片手には最新のスマートフォンが握られている。
詩織は紬が食卓にいるのに気づくと、小さく目を見開いた。
「あれ、お姉ちゃん。今日はずいぶんと帰りが遅かったんだね。もしかして残業?」
「うん、ちょっとね。会社に新しいシステムが入って、その対応でバタバタしてね」
紬が苦笑いしながら肉じゃがを口に運ぶと、詩織はスマホを操作しながら隣の席に座った。
「ふーん。昨日お姉ちゃんがLINEで『新しいAIが最悪』ってボヤいてたから、気になって会社のホームページ見ちゃった。アベニールっていうシステムを全面導入って、プレスリリースに出てたよ」
妹の口から、まさかアベニールの名前が出るとは思わず、紬は驚いて箸を止めた。
「詩織、そんなことまで調べたの?」
「調べたっていうか、スマホ開いたら普通に出てきただけ。っていうかさ、お姉ちゃんの経理課、今までわざわざパソコンの画面で書類を一枚ずつ目で確認して、手動で承認ボタン押してたんでしょ? 私たちの世代からしたら、ぶっちゃけあり得ないからね。非効率すぎるじゃん」
詩織はプリンのカップを開けながら、現代っ子らしい容赦のない毒舌をあっさりと吐き出した。
康夫が向かい側で「道具ってのはな……」とまた口を挟もうとしたが、詩織はそれを手で制して言葉を続ける。
「お姉ちゃんの会社さ、これまでのやり方にこだわりすぎなんだよ。AIの計算のほうが絶対に正確だし、スピードだって人間の手作業とは比べ物にならないでしょ。機械のスピードに人間の脳を追いつかせるのなんて、今のデジタル時代、当たり前のスキルじゃん」
昼間、瀬尾から言われたのと全く同じ言葉が、身内である妹の口から飛び出してくる。
悪気のない、しかしデジタルネイティブ世代にとっての「当然の正論」に、紬は胸がツンと痛くなった。
昭和の頑固な職人である康夫と、令和のデジタル世代の妹。その間に挟まれ、紬は改めて自分が過渡期の歪みの中にいるのだと実感する。
「それはそうかもしれないけど……。でもね、現場の人たちの事情や、これまで積み上げてきた信頼だってあるの。それを機械に一秒で却下されたら、誰だって悲しいよ」
紬が湯呑みを強く握りしめながら、瀬尾から言われたいきさつを話すと、詩織はプリンを食べる手をふと止めた。
詩織はスマホの画面を一度伏せると、少し気まずそうに紬の疲れた顔を見つめた。
「……まぁ、そのシステムを作ったエンジニアの言い方も、ちょっと冷たすぎると思うけどね。お姉ちゃんが悪いわけじゃないのに、現場から文句言われるのはお門違いだし」
詩織はそうぶつぶつと呟きながら、自分の通学バッグの奥をごそごそと漁り始めた。
取り出したのは、今インスタグラムで大人気になっている、行列に並ばないと買えない有名店のタルトの箱だった。
「これ、学校の帰りに、AIの行列予測アプリを使って最短ルートで買ってきたやつ。お姉ちゃん、今日お疲れみたいだから…… 糖分が不足すると脳の効率が落ちるから、これ食べて元気出しなよ」
箱を乱暴に紬の前に突き出す詩織の耳は、少しだけ赤くなっていた。
「お姉ちゃん、真面目すぎるからさ。機械の言うことなんて、適当に聞き流して要領よくやればいいんだよ」
妹なりの、不器用だけれど優しい励まし。
「……ありがとう、詩織」
お父さんの昭和の誇り、お母さんの温かい手料理、そして妹の不器用な優しさ。
実家の家族それぞれの形でもらったエールが、紬の心の中で一つの確かな強さへと変わっていく。
タルトの甘いクリームを口に運び、その濃厚な美味しさに目を細めながら、紬は明日からのオフィスで、自分にできることをもう一度考えてみようと思った。
「ただいまー。ねえ、お母さん、冷蔵庫のプリン食べていい?」
入ってきたのは、専門学校に通う二歳下の妹・詩織だった。
流行りのオーバーサイズの服をルーズに着こなし、片手には最新のスマートフォンが握られている。
詩織は紬が食卓にいるのに気づくと、小さく目を見開いた。
「あれ、お姉ちゃん。今日はずいぶんと帰りが遅かったんだね。もしかして残業?」
「うん、ちょっとね。会社に新しいシステムが入って、その対応でバタバタしてね」
紬が苦笑いしながら肉じゃがを口に運ぶと、詩織はスマホを操作しながら隣の席に座った。
「ふーん。昨日お姉ちゃんがLINEで『新しいAIが最悪』ってボヤいてたから、気になって会社のホームページ見ちゃった。アベニールっていうシステムを全面導入って、プレスリリースに出てたよ」
妹の口から、まさかアベニールの名前が出るとは思わず、紬は驚いて箸を止めた。
「詩織、そんなことまで調べたの?」
「調べたっていうか、スマホ開いたら普通に出てきただけ。っていうかさ、お姉ちゃんの経理課、今までわざわざパソコンの画面で書類を一枚ずつ目で確認して、手動で承認ボタン押してたんでしょ? 私たちの世代からしたら、ぶっちゃけあり得ないからね。非効率すぎるじゃん」
詩織はプリンのカップを開けながら、現代っ子らしい容赦のない毒舌をあっさりと吐き出した。
康夫が向かい側で「道具ってのはな……」とまた口を挟もうとしたが、詩織はそれを手で制して言葉を続ける。
「お姉ちゃんの会社さ、これまでのやり方にこだわりすぎなんだよ。AIの計算のほうが絶対に正確だし、スピードだって人間の手作業とは比べ物にならないでしょ。機械のスピードに人間の脳を追いつかせるのなんて、今のデジタル時代、当たり前のスキルじゃん」
昼間、瀬尾から言われたのと全く同じ言葉が、身内である妹の口から飛び出してくる。
悪気のない、しかしデジタルネイティブ世代にとっての「当然の正論」に、紬は胸がツンと痛くなった。
昭和の頑固な職人である康夫と、令和のデジタル世代の妹。その間に挟まれ、紬は改めて自分が過渡期の歪みの中にいるのだと実感する。
「それはそうかもしれないけど……。でもね、現場の人たちの事情や、これまで積み上げてきた信頼だってあるの。それを機械に一秒で却下されたら、誰だって悲しいよ」
紬が湯呑みを強く握りしめながら、瀬尾から言われたいきさつを話すと、詩織はプリンを食べる手をふと止めた。
詩織はスマホの画面を一度伏せると、少し気まずそうに紬の疲れた顔を見つめた。
「……まぁ、そのシステムを作ったエンジニアの言い方も、ちょっと冷たすぎると思うけどね。お姉ちゃんが悪いわけじゃないのに、現場から文句言われるのはお門違いだし」
詩織はそうぶつぶつと呟きながら、自分の通学バッグの奥をごそごそと漁り始めた。
取り出したのは、今インスタグラムで大人気になっている、行列に並ばないと買えない有名店のタルトの箱だった。
「これ、学校の帰りに、AIの行列予測アプリを使って最短ルートで買ってきたやつ。お姉ちゃん、今日お疲れみたいだから…… 糖分が不足すると脳の効率が落ちるから、これ食べて元気出しなよ」
箱を乱暴に紬の前に突き出す詩織の耳は、少しだけ赤くなっていた。
「お姉ちゃん、真面目すぎるからさ。機械の言うことなんて、適当に聞き流して要領よくやればいいんだよ」
妹なりの、不器用だけれど優しい励まし。
「……ありがとう、詩織」
お父さんの昭和の誇り、お母さんの温かい手料理、そして妹の不器用な優しさ。
実家の家族それぞれの形でもらったエールが、紬の心の中で一つの確かな強さへと変わっていく。
タルトの甘いクリームを口に運び、その濃厚な美味しさに目を細めながら、紬は明日からのオフィスで、自分にできることをもう一度考えてみようと思った。
