シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

「この日?」

「はい」

「んー……」

 梨来はパソコンで予定を確認する。

 希望している時間帯には、別の団体の申請が一件入っていた。

「ここ、もう使う人がいるみたい」

「そうですか」

「前の時間なら空いてるよ」

「何時ですか」

「四時から六時」

「少し早いですね」

「授業?」

「俺は空いてますけど、他の人が」

「そっかぁ」

 梨来は画面を見ながら考える。

「別の部屋でもいい?」

「使えるなら」

「じゃあ……」

 空き状況を確認する。

 一つ。

 少し離れた棟に、使用可能な部屋があった。

「こっちなら、希望してる時間で取れるよ」

「音は大丈夫ですか」

「楽器使うんだよね?」

「はい」

「ちょっと待ってね」

 梨来は内線を取り、担当部署へ確認する。

 短いやり取りのあと、受話器を置いた。

「大丈夫だって」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ここの部屋番号だけ書き直してもらえる?」

「分かりました」

 直充がペンを取り出す。

 書類へ数字を書き込む手元を見ながら。

 梨来はもう一度思った。

 ――先生って、私のことかなぁ。

 でも。

 今さら、

『私、先生じゃないよ』

 と割り込むのも変な気がする。

 最初に言えばよかった。

 けれど、書類の話が始まってしまった。

 それに。

 もしかしたら、事務員のこともまとめて先生と呼ぶ学生なのかもしれない。

 そんなことあるのかな。

 梨来がぼんやり考えていると。

「先生」

「はい」

 反射的に返事をしてしまった。

「これでいいですか」

「あ」

 やっぱり自分だった。

 梨来は書類を受け取る。

「うん。大丈夫」

「お願いします」

「はーい」

 受付印を押す。

 それから顔を上げた。

「えっと……直充くん?」

「はい」

「これ、サークルの人に伝えておいてね」

「分かりました」

 直充は軽く頭を下げる。

「ありがとうございました、先生」

「うん。またねぇ」

 直充が事務室を出ていく。

 梨来はその背中を見送った。

「…………」

 数秒。

 沈黙。

「……言えなかった」

 ぽつりと呟く。

 隣の席にいた職員が顔を上げた。

「何が?」

「なんでもないです」

 梨来は笑って誤魔化した。

 まあ。

 次に会ったときに言えばいい。

 今日初めて話した学生だ。

 次があるかどうかも分からない。

 そんなふうに思って。

 梨来はすぐに次の仕事へ戻った。