シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

 その直後。

 端末に着信が入る。

 表示された名前を見て、梨来の目元が少しだけ緩んだ。

「正孝さん?」

 応答する。

『報告は終わったか』

「はい。今終わったところです」

 先ほどまでの鋭さが、声から少しだけ抜けている。

 正孝。

 三十三歳。

 梨来がまだエージェントとして未熟だった頃、その指導を担当した男。

 かつてはバディとして、同じ任務に就いていたこともある。

「どうしたんですか?」

『進捗を確認したかった』

「報告しましたよ?」

『聞いた』

「じゃあ、何かあったんですか?」

『別に』

「…………」

 梨来の動きが止まった。

 別に。

 つい数時間前にも聞いた言葉だった。

『どうした』

「正孝さん」

『なんだ』

「今、『別に』って言いました?」

『言ったが』

「……本当に?」

 電話の向こうに、一瞬の沈黙が落ちた。

『何が言いたい』

「今日ね、学生さんに教えてもらったんです」

『何を』

「『別に』は、別にじゃないことがあるって」

『…………』

「正孝さんのは、どっちですか?」

『何の話だ』

「だから、本当に別になのか、別にじゃないのか」

『別にだ』

「ほんとですか?」

『本当だ』

「でも希美ちゃんが、声とか顔とか間で分かるって」

『梨来』

「はい?」

『任務に集中しろ』

「あ」

 通話が切れた。

 梨来は端末を耳元から離す。

「…………」

 画面を見つめた。

「怒った……?」

 聞き方が悪かったのだろうか。

 それとも、あれも『別に』の一種なのだろうか。

 分からない。

 恋愛経験があれば分かると希美は言っていたけれど、そもそも今の正孝との会話に恋愛は関係ない。