シークレット―世界は守れますが、恋の仕方はわかりません―

 数日後。

「梨来さーん!」

「はーい」

 廊下の向こうから元気な声がして、梨来は抱えていたファイルから顔を上げた。

 ぱたぱたとこちらへ走ってくる女子学生。

 希美だった。

「どうしたの?」

「聞いてください! 今日の一限、寝坊しました!」

「うん?」

「起きたら終わってました!」

「それは……寝坊だねぇ」

「そうなんです!」

「私に言っても、一限は戻ってこないよ?」

「分かってます! でも誰かに言いたかったんです!」

「じゃあ、聞くよ」

「梨来さん優しい!」

 希美がぱっと笑い、梨来もつられて笑った。

 こういう時間が好きだった。

 任務とも、世界の危機とも、危険物とも何の関係もない。

 寝坊した。

 授業に遅れた。

 お腹が空いた。

 好きな人がどうした。

 友達と喧嘩した。

 そんな小さな話が、梨来にとってはどれも少しだけ眩しい。

「それでですね、二限はちゃんと出たんですけど」

「偉いねぇ」

「普通です!」

「そこは普通なんだ」

「そうです!」

 希美が笑う。

 そのとき、廊下の向こうに見覚えのある姿が見えた。

「あ」

 背が高く、黒い短髪に細い黒縁の眼鏡。今日も飾り気のない服装で、一人こちらとは反対方向へ歩いていく。

「直充くん」

 ぽつりと名前が出た。

「え?」

「あ、いたなぁと思って」

「今、直充くんって言いました?」

「言ったよ?」

「知り合いですか?」

 梨来は少し考える。

「たぶん」

「たぶん?」

「何回か話したから」

「梨来さん、人間関係の判定ゆるくないですか?」

「難しいねぇ」

「難しいかなぁ」

 希美が首を傾げる。

 梨来はもう一度廊下の向こうを見たが、直充の姿はすでになかった。